2005年06月30日

think by yourself

 うちのマンションは西向きの棟が5階建て、南の棟が10階って風になってて、最近借りた部屋というのが6階だからいろいろ発見がある。6階だと西の方角に障害物がないから、夕焼けがベランダから見えて、晴れの日の夕刻はなかなかこれがささやかな楽しみである。高さというのは特権なのね。

 ハイ・ライズなんていうJ G バラ−ドの小説があった。バラ−ドの小説が、ハイテクが必ずしも人を幸せにはせず、かつ、人はハイテク化する生活をどこかで埋合わせするかのようにある一面が野蛮化していく、といったことを描いてたように、みんな格闘技に走ったり、SMに魅かれたり、いろいろである。

 ハイテクであるはずのハ−ドなコンピュ−タ−のなかでむちゃくちゃなドロドロチャットが行なわれてたり、人間は肉の塊でもあるからしょうがない、とも云えるか。あんまり清潔すぎるのも落ち着かないものだもんね。しかし、知人の前ではなかなか無茶もできん。難しい情況に生きることを余儀なくされてるよね。世の中のひどく暗いニュ−スは元気をなくさせるが、おれだけは、あたしだけは絶対に充実してやる!という強い意志がこんなにも必要なときはない。

 目の前の自分の仕事、それがないひとは掃除でもなんでもいいんだけどさ、とにかく充実をもたらす何かに集中すること以外にそれを克服することなんてなにもない。今は元気なのはバカだけだから、元気がキ−ワ−ドではないんだけど、そのカラ元気ではない元気は集中の中からしか生まれない。親や尊敬できない年長者のいうことなんか聞かずに、ケガしてもいいから自分のアタマでしっかり考えよう。あれ、なんかきいたことのあるフレ−ズ。

2005年06月29日

<トドムンドを撮った映画へのオマージュ>

<トドムンドを撮った映画へのオマージュ>
 雨池十八丁目は存在する。文学的なレトリックではなく。現実の名称を「曽根崎デッドエンドストリート」と云う。お初天神商店街を南に下り悪名高きワンワンランドを左に折れ「露地」に入り熟女倶楽部をやりすごしカップル喫茶を通り過ぎればさらに小さな「露地」が現れる。ひっそりと数軒の店が軒を連ね、噂では「曽根崎キッド」なる希代のトリックスターが出没する。時間の流れがそこだけ異なる。映画が虚構であると同様に街も虚構である。しかし、だからこそ同時に2つの夢を与えられる「露地」なんて貴重である。
posted by おれ at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | Todo O Mundo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

AC

猟奇的・変質者的事件が次から次に起こって、なんかそんなのにもいちいち驚いちゃいられないから、そっち方面の感覚をひとは鈍化せざるを得ない。とりあえず、個人的には衝撃があるけど、メディア経由の衝撃は鈍化も速い。ぼくはとくに最近思うんだけど、こんだけ価値観が多様化しちゃったんだからもう地上波のTV局は廃業すべきだと思う。中学生でも近頃TV番組で盛り上がってるとこみたことないぞ。共通の話題の提示がすごく難しい時代だし、自分のことしか興味ない、というかもっとで、自分の興味あることしか興味ない、って感じ。ヤツらは。そのままの自分で幅を拡げたり、拡げられたりするのがすごくメ−ワクみたい。なんかそのうち会話じたいが成り立たなくなるんじゃないかな。幅を拡げるかわりになにか別の自分にワ−プしたがってる。自分を媒体にして別の自分へ。多重人格願望症候群ともいえる。ほんとの自分はその別の人格の中にいるう、みたいな感覚。夢想癖というのは誰でも程度の大小こそあれもってるものだけど、でもね、ほんとにそっちいっちゃって、そっちでメシ喰ってるとか、ウンコしてるとか、サイアク人殺してるとかやっぱまずいでしょ。しかもそっちっていうのは、ちゃんとした現実で、いっちゃってる意識はこっちの自分にもない、名前も別人なんてことになると、なんか「ワ−ム・ホ−ル経由ラウンド・トリップ30日間FIX格安チケットバッタ屋の旅行代理店で買いました」をいつももってるってことでしょ、例えていえばさ。
 最近顕著な病理、まあこれは全員同じ病気ともいえるわけで、きっと「性格」ほどの頻度に格上げされていくんだろうけど、別で最近話題によくのぼる病理というとPTSDである。トラウマ・トラウマって語呂がいいから、みんな最近よくつかってるでしょ。心的外傷という訳になってます。PTSDはその心的外傷を受けた後に出てくる症候群ですが、阪神大震災ぐらいから報道にも登場するようになりました。心的外傷というのはいろいろで、身近なひとの死とか、凄い地震の揺れというのもそうだし、レイプの被害に遭う、だってそうだし、試験に落ちるとかオンナにふられる、だってそうで、それは被害に遭う側のキャパとも関連してると思うんだけど、ただ、その心的外傷を受ける機会というのは圧倒的に自分が無力な時、つまり、子供時代ってのが多いわけで、その条件というのは、アルカホリック(アル中だね)の父親がいる、酔って家族に暴力をふるう、暴れる、自分も物理的な被害に遭ったり、酷い話になると父親や伯父さんからレイプされる、とかいろんなことがあるんだけど、そのなかでも特に酔っ払いの暴れるオヤジをもつ子供のことを「アダルト・チルドレン・オヴ・アルカホリックス」といいまして、日本人、最近略すのすきだから、当然これもアダルト・チルドレンで流通してしまった、という不幸な歴史がある。ただ「アダ・チル」になるほど、田舎の中学生にまではまだ浸透していない。なんか、おとなになれない、年はおとなのヒト、みたいな一種のピ−タ−パン・シンドロ−ムのような理解のされかたをしてた/してるように思えるけどどうだろう。「おれって、アダルト・チルドレンなんだ」「そう、でも子供っぽさのあるヒトってすきよ」などという会話があっちこっちであったかどうかはしらんが、意味チャウぞ、それ。昔、ライヴ後の打ち上げで、初見のガイジンに「アイム アブノ−マル」って言っちゃったキタバヤシジュンといい勝負だ。キタバヤシさんの場合、単なるSM好きなだけだった。ちょっとそれるけど、なんか省略・短縮、過ぎないかなあ。言葉って、身内だけに通じればいいっちゅうもんでもないだろう。それはコミュニケイションの本来の意味に反するばかりか、外国人=外部の人=他者を拒否して、わからないやつにわからせる時にこそ言葉をひとは選び、吟味し、慎重に発するわけにもかかわらず、なんか「ぬる〜い、湿気の多い」環境ができあがりそうよね。そんな言葉を使ううえでこのうえもなく安全な場所で自分だけの短縮形を競いあって作って、それをごく身近ななかで得意気に流通させても、結局、その集団は閉じていくばっかりだもんなあ。でもそんな人々にはきっとそうすることがなんらかの意味で必要なことなんだろうな。おれもこないだ、パソコン屋で「ボ−イチにしましょうか、ボ−イチ」っておたく店員にいわれてなんのことかわかんなかったぞ。ボ−ナス一括払いのことだった。なにも正しい日本語を使いましょうなんてことを云ってるわけではないが、なんか不快。表音語のアルファベットだったら、さっきのPTSDだとかWCWとかWWFとかプロレスの団体ばっかしで申し訳ないんだけどさ、まだ滑るというかするっといくというか、マ、確かにアメリカンも省略は好きだが、ABCってそれ用にできてるってことかね。日本語でもケ−スバイケ−スで、身近な例でいうなら、うちのメニュ−の珍味五種=ちんご、これはOK。なんだか、ポイントは「可愛げ」みたい。もうちょっと説明してみろ!って追及されるとちょっとこまるかもしれないけど。
 でアダルト・チルドレンである、その問題の。子供の頃、というと、家庭内ではどうしても無力である。そして大人の暴力には根本的には抵抗できない。そのなかでは臆病な子は臆病なりに、責任感の強い子は責任感の強いなりにある種の精神的負荷を背負いながら過ごさなければならない。そんな中でも自分をある程度表現できる子たちは、信頼のおけない親に代わって家庭の中での調停役を果たすことになる。臆病な子は、ものすごく現実から逃避し、ひどい場合、多重人格の最大の原因となる。そんな中で少年期を無事やり過ごしたとしても、そのPTSDは確実に残り、それはその後の人生でなんらかの形で表面化してくる。自虐的・被虐的・動物/子供の虐待・自殺願望・被害妄想・夢想癖、大人になってからはそんな傾向をとることが多い。
 彼らは、自分のしていることが、他人にとって役に立っているか、ということを異常に気にするし、自分の評判もものすごく気になるし、心の闇のようなものの中に大人になっても篭もる傾向がある。いとも簡単に他人を軽蔑でき、他人の多様さに安心することができない。精神的な自立がなかなかできずに、何かに寄りかかっとかないと不安である。「間」に恐怖をおぼえ、何かでそれを埋めようとしてそれが逆効果になることもあったりする。何かに復讐したいのにその対象が掴めないもんだから、無意識のうちに攻撃的になる。合衆国大統領のクリントンが自分もアダルト・チルドレンだったことをカムアウトしたのはまだ記憶に新しい。実はちょっと昔のアイドルにもアダルト・チルドレンが多かった。山口百恵とか秋菜とか。なんとなくわかるでしょう。類型的というか。
 その克服は非常に大変なことだ。周囲の人間(この場合は親以外の他人)の協力も要る。しかし、周囲の人間がいつも協力してくれるとも限らない。そんなものはお願いできるものじゃないしね。自分で克服する以外ないよね、そうなると。(さっきの例で云うと、モモエさんは克服してるみたいだし、アキナさんはどうもまだみたい)まずは自分をよく知ることからしか始まらない。これはそうじゃない人にも云えることかもしれないが、自分をまず見て、それを受け入れて、他人との関係においてその摩擦を減らしていく以外にはない。その社会的な治療が最近はできにくくなっている感は否めないけどね。イヤだって思えばすぐにその場から立ち去ることもよくあるでしょ。忍耐ということもこの場合は効果アリなのだ。
 最近の家庭を垣間見ると、親自体も未熟で、自分の欲望、結構全開だから、必然的にこんな子供がきっと増えていってることが考えられる。ただ、別の見方をすると、かつての日本でも、アダルト・チルドレンは存在したのに、なぜ今になってそれが頻発しているかってのがまた問題でもあるわけだ。ひとつには、自覚ってのがある。自分の不完全さを、まあ、親のせいにできる、都合のいい言葉なわけ、アダルト・チルドレンってのは。もちろん正真正銘のPTSDのヒトもいる。でも、程度としてはたいしたことないよ、っていうヒトが自分のダメさを親のせいにできる、ひどく便利な言葉でもあるのだ。もっと広い視野でものを考えてみると、フロイトいわく、全ての人間は生まれて、初めて意識を持った瞬間に、自分の無力さに気付き、それがまず第一のトラウマである、と。しかし、全員が全員PTSDに苦しんでいるかというと、そうでもないわけね。どこかで分岐点があるはずだ。やはり、その後の親との関係や、無意識のうちにそれを克服しようとしたかしないか、あるいは、単なる幸運・不運の積み重ねによるものとしかいえないな気もする。なんらかの立場を強制的に強いられた人、不満を押さえ付けられた人、家族の実質的崩壊の現場に立合って無力感を強烈に感じた人、そんな人にとってその環境が自分の臨界点(またでてきたね、クリティカル・マスです)を超えたとき、その症状に無意識のうちに逃げ込んでしまう。これはほんとに深刻なケ−ス。ただ、そうじゃないのに「なんかおもんない。おれは・あたしは、こんなはずじゃないのに」ってヒトもたくさんいるでしょ。その背景には、まず第一に、最初の環境である家庭で、そこで、なんだか妙な「理想の家庭」というものが設定されてて、そしてそれがひどく硬直化したもので、それはきっと大抵の今の家庭が、それを一旦は目指しはするが決してそのワク内には到達しない仕組みになってるような気がする。そしてその次に来るのが、「理想の自分」というわけ。それは実は歴史を遡って考えてみると、やっぱり出所は自由と平等の国アメリカです。それが階級のない日本でさらに見事に「商品化」されてしまった。欲望の喚起にかんしては日本とアメリカは、もうこれはもんのすごい。エステとか、占いとか、いわば、ほんとの自分みっけのための「商品」でしょ。多分昔は、自分なんてその程度のものだという、今の「ミ−イズム」のようなものがなかっただけなんだと思う。身分相応って言葉があるけど、自分に必要以上に期待していなかったってことだろう。誰もがイッパシの欲望を持ち、イッパシの口を叩く時代というのは、これはきっと前代未聞のことなんだろう。高度な資本主義の行き着いた到達点がこんなもんだったわけです。
 その高度資本主義社会がアダルト・チルドレン増産に拍車をかけてる。
 最近の犯罪の傾向って、なんか「安易で稚拙な<表現>」みたいな気がしてるんだ。本当の自分なんてそこにいるじゃないか、ってぼくは大声で云いたい。それでいいじゃないって云いたい。世界の情勢を冷静に分析してみれば、結局そんなのは「甘え」にごく近いということがわかるだろう。アフリカやコソボ(例えば)なんかほぼ全員PTSDだ。理不尽な暴力が過去の話ではなく、現在進行形でそこにはある。多分もうフォロ−できなくなると思う。世界中のすべての人間が社会福祉の講座を月イチで取っていくぐらいのことをしないともうフォロ−できなくなる。社会が荒れてるのは、これはもう全世界的なことで、イギリスやフランスだってものすごい、手に負えない荒れようだ。「個人主義」を標榜していた国ほど、民主主義を理想としていた国ほど、治療法のない重い病理をもってしまったことは皮肉以外の何でもない。個人・民主主義というごく近い過去においては、これをゲットすることが栄光だったそんな概念が世界を中から腐らせていくなんてこんな壮大な「皮肉」があるだろうか?結局ヒトはその程度のものだったってことなんでしょうか。やっぱり動物の方がエライ場合が多いのかもしれない。「巨大な処理能力を有する脳を持ちながら、それが処理できないほどの肥大した欲望をコントロ−ルできずに滅んでいった種」として何万年か後には地球の歴史図鑑に間抜けな顔して載ってたりして。なんかかっこわりいなあ。

posted by おれ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月28日

<季節限定・鰻の誘惑> <季節限定・鰻の誘惑>

<季節限定・鰻の誘惑>
 梅田阪神ビルの地下にあった「柴藤」も老松町の「川波」もなくなっちゃった。おじいさんがやってたとこはどんどんなくなっていく。さびしい。好きな鰻をこの時期喰いたい。東京いっちゃうか、鰻だけのために。

 その店は縦横に交わる大きな通りの角に申し訳なさそうにしてある。古ぼけた店構えにお世辞にもきれいとはいえないノレン。そのノレンには「うなぎ 江戸焼」とだけかいてある。たてつけの悪い戸を苦労しながらあけて中へ。カウンターが5席とテーブル中・小ひとつずつ。十人入れば煙で酸欠になりそう。だから時間は昼下がりがいい。

 鰻重を注文する。グレードは2500円ぐらいにしよう。高けりゃいいとか、デカけりゃいいなんてのは粋じゃない。ビールを頼んで「待ち」にはいる。鰻を注文してからの待ち時間、これも味のうちだ。なんかアテが欲しくなるね。しかしここで鰻関連のアテ、うざくやう巻や白焼きは今喉から手が出るほど欲しいんだけど敢えてやめとく。鰻重の感動を小出しに満たしちゃいかんわけよ。

 で、お新香と鯛の子&かぼちゃの煮物を頼むことにする。そしてビール飲みながらひたすら待つ。カウンターの向こうでは主人がぼくの鰻をさばきだしてる。これはファスト・フードに対する「アンチ・テーゼ」なのだ。待ち時間も味のうちというのはそんなことよ。忙しいときは早メシもしゃあないとは思うが、この一回のメシにかけるときもあってもいいじゃないか。「最後の食事」なんてことも可能性なんだから。いや、マジで。
 
 ビールを半分くらい飲んだ頃、主人が奥で焼き始める。しばらくすると煙の一部が空腹にはやるせないタレの焼ける薫りをつれてぼくの席までやってくる。これは自分の鰻だという確信があるから、なのとその薫りの狂おしく、いとおしいことか。理性が溶けていく。今、かつおぶし工場にまぎれこんだネコみたいな心境だ。例え、適切だったかな?でもほっときゃそーんな感じ。一応お店のひともいることだし、かろうじて焼いてる現場に乱入なんて事態にいたる精神状態の一歩手前で踏みとどまる。

 そして普段だと結構おおよろこびな鯛の子の煮つけも今日ばかりはセミファイナル。ナンツッテモ本日のメーンイベントはうなちゃんなあんだもおん。さらに主人仕事すること15分。そろそろ鯛の子食べ終り。ビールもあと一杯分。グイッといってもう一本なんてことにはならない。ぼくが店入ってからもう30分ほど経過している。いいのよいいのよ。ここでしばし空想に耽ってみる。最近気になってるオンナのこととか考えてみたりする。意識をここからトバしてみたりする。ビールとアテにより超空腹からは免れているからわりにすうっとそっち側いけちゃってそのオンナのカオとカラダが浮かんでくる。いいね。物事はそれが達成する直前の、達成の予感を強く感じながら、しかし未だ現実とはなっていないというスレスレの瞬間が最高に素敵だと思うがどーだろう。
 
 お待たせしました。おかあさんの声で現実へとひきもどされた。あっちもよかったがこっちの世界もまあなんてス・テ・キ。塗りの器の蓋がかるく浮いてて鰻の下半身がハミ出ている。ハミでるという表現および状態好きだなあおれ。

 豊かさという根拠がそこにはあってなんだかそれをもてあましてる。もてあます、という表現および状態、これも好きだなあ。よかったらぼくお相手しますけど。しかしねそんなバカなこと考えてるよりも現実の方が勝ちなわけね。蓋を開ける。存在感。しかしただデカいだけじゃね。
 
 まむしもいいが、やっぱり蕎麦と天ぷらと鰻は江戸前がいいね。ふわふわの鰻にサンショウたっぷりで脂ののったお腹をせめる。もてあますほどの豊かさは口一杯に広がり、そして食べ終わるまで約15分。陶然となる小一時間である。
posted by おれ at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | お料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月27日

《プジョ−309GTiそしてアルファロメオ75ミラノとの日々》

DIAS COM LANCIA PRISMA INTEGRALE e
  RENAULT TWINGO
   改め
 DIAS COM PEUGEOT 309GTi e
  ALFA ROMEO 75 milano
 《プジョ−309GTiそしてアルファロメオ75ミラノとの日々》

 と、いうわけでして、ランチアもトゥインゴもおりません。売ってしまいました。名残りおしかったんだけど。今回ワタクシのお目がねにかなった、これらがそのお二人でした。アルファはなんと珍しい、白です。プジョ−はなんとオレとしたことが、赤。いや、メンボクナイ。しかし、一度乗ってみたかったんだ、赤。309は前期型で、スポイラ−が黒のウレタン、今はここが気に入ってる。130馬力にもかかわらず、車体が軽くてですね(1t弱)、かなり獰猛です。まだ五月山も、熊野も、高野竜神も攻めてませんが、ぐりんぐりんカ−ヴは、か・な・り・おもしろいと思う。そんなクルマばっかしやんけ〜。という意見もよく聞きますが、・・・・・・それがど−した。前のプリズマ・インテグラ−レよりも車体が2・300kgは軽い。毎晩ほろ酔いのバカ頭で新御堂を、このフレンチ・ロケット、カッとばして帰ってます。夜になるとオレンジいろのインパネが浮き世ばなれしててオンナのこたちには「効く」かもしれない(ごめんちゃい,も−しません)。
 
 そしてアルファだけど、嬉しくなるぐらい(嬉しがってちゃあかんねんけど)結構マイナ−なトラブルがある。バッテリ−の自然放電量が他のクルマに比べて格段に多いから、昼間にたくさん乗ってあげて、いっぱい電気を蓄えた後じゃないと夜に乗るのがなんか心配。でもそのアルファ伝統のV6エンジン!これだけでも乗る価値があるでしょう。

 6000回転まではアッという間に吹き上がって、しかも軽快だからアクセル踏むのはものすごく楽しい。お金ができたらショックをかえて乗り心地を改善したらきっともっとイイクルマになるだろうなあ。75というのは最後の純粋なアルファだから(FIATに吸収される前の、最後のFRであり、トランク・アクスルであり、ソフィア・ロ−レンみたいなケツであり・・・)美点はたくさんある。中もけっこう豪華。なんじゃこれって感じのパ−キング・ブレ−キのレバ−も健在。いままでのトラブルといいますと、エンジンかかんなくなった3度、ク−ラ−の水が助手席に漏れ出してきた1度、交差点の入り口で止まった1度、なんだかわからんがボンネットから煙が出てきた数度、これはエンジン・オイルが漏れていて、まだ未修理。

 そしてこれから書くことは、久しぶりの恐怖体験。でもALFA ROMEOのせいじゃないんだけどね。いつもの豊津の孫田石油でその漏れたオイルを拭いてもらって、それだけじゃ悪いから、ガソリンも満タンにしてもらって梅田へと用事を済ますために新御堂に乗りました。新御堂を降りて、天六の方へ曲がる交差点を左折しました。するとその時、右のフェンダ−・ミラ−に、錯覚かなあと最初おもったんだけど、アルファが「水」を噴いているのが目に入りました。「なんだ?」と思いました。路肩に止めました。降りて見に行きました。「ぎょえ〜」ってなりました。

 だって、給油口の蓋がないんだもん!なんでやねん。さっき水って思ってたのはなんと「ガソリン」だったわけ。満タンに入れてるわけだし、左折時に遠心力でぶわ〜って噴き出しとったわけ。スタンドのやつがちゃんと閉めてなくて、走ってるうちに振動でとれちゃったのね。さすがに冷えました。とりあえずなんかで蓋をしようと思って、目の前のコンビニに走り込み、「布」をさがしました。ぞうきんなどは売ってないだろうなと思い、その時にふと思ったのは、タンポンを束にして差し込んだらどうだろう、と思い、「こりゃ名案だ!」と思って実行に移す前に、「タオル」をみつけたので無難な解決法を選択しました。

 そしてそれを丸めて、給油口にねじ込み、もう一つのタオルでまわりを拭き、急きょ帰ってきました。しかし、映画などでクルマを爆破するときに、タオルをねじこんで、火を付けるとかよくあるじゃない。どうもそのイメ−ジがあって、タンポンの方が良かったんじゃないかなあ、と帰るまで思ってました。でも、帰ってから、どれくらい漏れてんのかなあ、と思って、チェックしたら、もうぐしょぐしょになってたから、ガソリンまみれの膨張したタンポンをしかも束で引き抜くのも、なんかなあ、だったので、消極的ではありましたが、自分の決断はそれでよかったのかなあ、と納得したわけです。でも、にもかかわらず、「給油口にタンポン」なアルファなんて世界に一台だよなあ、などと、妙に心残りなおれってだいぶばか?

posted by おれ at 15:23| Comment(2) | TrackBack(0) | プジョー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

REAL or UNREAL

あまりにリアルだった。そしてあまりに自分の思い通りに事が運んでた。そしてある時、その最中に「これって夢じゃないの?」って思った。周りのみんなにそれをいうと「なにいってんだ」って笑われた。でも「絶対これは夢だ」と思った。で、ほっぺをつねってみた。そしたらさ、痛いのよ、微かにだけど。結構そのときは集中してたから間違いない。痛みを感じたんだけど、みんな、そんな経験はないですか?
 結局夢だったんだけどさ。
posted by おれ at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

<第5回トドムンド秋の大旅行> <第5回トドムンド秋の大旅行>

<第5回トドムンド秋の大旅行>
 今回は河原でキャンプということになりました。水遊びができて、星が見えてなんてことで絞って行って、ほんとは龍神の横をちょっと入った小又川温泉にしよう、と前々から思っていたんだけど、そこのキャンプ場が「もうやっとりません」ということだったので急遽さがしました、九度山どーむびれっじ。連休にもかかわらず、けっこうギリギリなのに空いていた。そこんとこちょっとイヤな予感がせんでもなかったが、そしてひらがなのネーミングがちょっとひっかかったが、ノーチョイス。でも、みんなで行けばそれなりに楽しいはず、と団体行動超苦手なおれとその部下たちが一瞬思ったりするのがこの集団のへんなとこともいえる。
 
 今回の参加者: 
「くみくみ、またはくみこ・・・御存じトドムンドの料理人」
「えりちゃん・・・ビーズ職人・トドムンドにも置いてます。作るシリから、みんなにバカ売れ」
「アイちゃん・・・大学院三年生・いつまでもお勉強してなさいね」
「しばちゃん・・・美人マッサージャ−・トドムンド土曜日夜担当・ゆうべ遅かったのに運転手」
「陽ちゃん・・・くみこ連れ・花見にもおりました」
「ミタキ・・・トゥインゴ運転手・ミュージシャン・阪神のBFでかまぼこ屋をやめたがっているがパパ」
「めぐ・・・前回のこまったちゃん・一年経ってやや成長・人文科学専攻のFカップ」
「サカキバラ・・・106運転手・ミュージシャン・めぐのドレイ・であるがたまに天敵」
「うえのくん、あるいは重たいかばんの男・・・アイちゃん彼氏・かばん重すぎて腰痛める」
「うのくん、あるいは鳥男・・・初参加・謎の人物・不穏な情報あり・アウトドア家族」
「あおみちゃん・・・美容室チェントロスティーレのねえさん・金曜夜担当・酒強し・が遅し」
「まっきー、あるいはまきの・・・平成の無責任おんな・プロペラスタジオ勤務」
「いぬ・・・ミタキ/サカキバラの連れ・初参加・タンバリン・ひと」
「ながい・・・アフロ・もはやジーパンといえないジーパン・おもろい顔99%・かわいい顔1%」
「みっち・・・今回の隊長・最近セックスし過ぎ・アナルは禁止」
「おれ・・・・社長」

 例によって山田駅に11時集合。今回もクルマ4台に16人。あ、けっこうキツキツだね。ま、いいか。じゃいくよ。と、おれのサーブずるっとムイたのを先頭に、みたきトゥインゴのペニス4本チーム、サカキバラプジョー106の一触即発チーム、しばちゃんワンボックスと続いて近畿自動車道を南下。あっとしばちゃん号早くもおくれる。近畿もなんだか飛ばす感じじゃなかったからトゥインゴ・106を先行させて、しばちゃん号を追いつかせてあげる。しばちゃん号には、みっち隊長・えりビーズ職人・アイ大学院生・くみこ連れ陽ちゃんの5人乗り。サーブにはくみこ料理人・あおみちゃん・まきの。そこで、連続車線変更の族ワザを披露する。昔、これやってておまわりが後ろにいて、停められて、怒られたことがあったなー。「にいちゃん、二ついっぺんはあかんわ」だって。でも許してくれた。免許取り立てだったからかなあ。今思えば牧歌的だったよなあ、当時。
 
 4人いっぺんに両手上げたりバカもそこそこやりながら近畿から阪和に入って美原北でおりてR309へ。結構混んでる。まあでも今回けっこう近場だし、そんなに焦ることもない。ゆっくり行こう。R170が、しかし、これまた大渋滞。なんでやねん。前もって、昼メシは極力しょうもないもんを食べときましょう、ということになってたので、放尿休憩も兼ねてファミマ駐車場へと4台強引に乱入。各自しょうもないと思えるものを購入してもぐもぐ。おれはカレーパンでした。
 
 河内長野から橋本へと向かう。この道はそこそこ走れる。さて、橋本で食材購入。オークワであれやこれや買う。バーベキューと鍋のダブル攻撃だから、けっこうたくさん買い物しちゃったね。「ながい、大根おろし器さがしてこい」「これでいいすか」「いや、お前が使うんだし、使いやすいのにしろよ」自分の運命を悟ったながい。鍋があるから翌朝は雑炊かな。おれ号だけ酒を買いに向かいの酒屋へ。ウォツカを買いに行く。2・3本あればいいか、と思ったが、あおみちゃんから「今回ズブロッカ飲み多いで」との忠告あり。うん、なるほどね。計5本買っとく。こら、くみこ、こっそり焼酎買うな。そしてふと違和感がないことに気づく。なんのことか?それはお店のBGMなんだけど、トーキング・ヘッヅの「Take me to the river」が流れてた。そういえば、その前はスクリッティ・ポリッティだったなあ。おれのクルマとそう変わんない。違和感のなさの正体がわかってスッキリ。しかし、変な酒屋だった。

 みんなが待ってる高野口まで急ぐ。そして高野山道路には入らず、まっすぐ行く。30分もしないうちに到着。おー川きれい。クルマを駐車場に停めて、吊り橋を渡るんだけど、荷物はそこのにいさんが軽トラで取りに来てくれる。50mほどの距離なんだけど、にいさん急加速・急ブレーキ・急ハンドルでキイーッとやってくる。さっすが、べっぴん多いからにいさん張り切ってるねー。
 
 手続きをして借りるものを揃えて、所定の場所へ。川の橋の下だった。橋の下といえばぼくの住んでる豊津の橋の下にホームレスのひとびとが5人ほど最近越してきたみたい。一瞬その同一性を思ったが、みんなは「雨が降ってもだいじょーびー」かなんか、喜んでる。事を荒立てない方がいいだろうね、この場合はね。
 
 空はピーカンではないが、雲もほどよく、みい〜んみんみんみい〜んとみんみん蝉が鳴いてる。翻訳すると「やらしてくれ〜」となる。大変だよなあ、寿命も短いのに。目の前の川の水はさほど冷たくなく、白を冷やすにはどーかな、って感じ。赤だったらと思って、6本水につけにいく。あと三千盛超特(これはおれの裏第一位)と浦霞も。おれはどちらかというと、早く鍋をこいつらで喰いたいと思ってるんだが、世界の流れはBBQなのである。反乱も革命も胸に収めることにした。 
 
 食材切ったりする係と火をおこす係に自然に分かれて、けっこうみんなてきぱきしてる。「やればできるじゃないの」。火をおこすのが得意という、謎の人物鳥男うのくんがバーベキュー台の火付けにガスバーナーを持参していた。「お、やるね」で、点火。ゴーー。お、燃えてる燃えてる。て、いうかガスバーナー本体が燃えてる。それ、いかんのじゃないの?うのくん慌てて、消火。裏からガス漏れてたみたいでした、だって。
 
 うのくんデビュー失敗の巻。しかし、それでもなんとか火はバーベキュー台にもかまどにも入り、上からも食材が運ばれてくる。もう勝手にビール飲みだしてるやつもいるし、タンから始めようね。音楽も流れ出して、まあ、いつものトドムンドの延長みたいになってる。おれはまずブーツィー・コリンズとしまちょう=てっちゃんでまあひとつという感じ。サンバにバラ、ヴァンモリソンに椎茸、カエターノにピーマン、チーフタンズにウインナー、さまざまな組み合わせにさまざまな酒がうまいよね。

 シャブリ・ソアベ・ガヴィと白がどんどん空いていく。みんなペース大丈夫?かまどで炊いたごはんが旨そうだった。おこげできてる?めぐが覗いて「表面にぽつぽつできてる」「あ、っそう」「ん?」「それ一緒に炊いた胚芽米の色やで」たのむでしかし、めぐみー。

 焼肉には赤もどんどん空いて、隣の団体が花火をがんがんあげだして、暗くなってきたからいい気分。ミタキの持ってきたジャンベがいい。真ん中はベタッ・ガワはコーン。岸がこれひとつでいろんな音出せるのがわかった。本格的に暗くなって、ランタンの灯りと炎だけが頼りの人生だ。このランタンというやつ。なかなかヒトを思索的に見せる。アホたちの集団が、ほんの少し賢い集団に見えてくるから不思議、ながいでさえも。酒も関係してるとは思うんだけどね。きっと錯覚だね。

 しばちゃんが「わたしちょっと寝ます」と、宴の中央でダウン。昨日遅かったかな。マルタニカズいっとくー。うーん、みんなノリよくなってきたねえ。めぐがジャンベを叩いてる横でおっさんが暴れてる。ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAHと暴れてる。飲んだサカキバラはめぐにはけっこう強敵だ。というか、おれはそれを眺めるのがだいぶ楽しいんだけど。生意気いってたむすめがおじさんのしつこい責めに堕ちていく、といったある種のAVを見ているような気になってヒジョーに楽しい。めぐががんばればがんばるほど逆に客観的に被虐感がつのっていき、おれは嬉しくってたまらん。もっとやってほしいなー。ただし、これは普段のサカキバラの必要以上にちゃんとした部分があって始めて成り立つもので、その際はめぐにけちょんけちょんに言われっぱなしでないといけないわけである。そう、けちょんけちょん度が蓄積すればするほど、この飲んだときの逆襲の責めの意味が深まって、ヨイわけである。ま、本人たちはなんもそんなことは思っとらんとは思うんだけど、そこに意味を見い出すのが作家なのである。だからこれでいいのである。
 
 そろそろ鍋いこうよ。ポン酢は土佐のゆずづくし。去年の冬、二日に一回は関大前の家で鍋やってたんだけど、その友がこのポン酢。うまいうまい。もう三千盛超特いっちゃうぞ。うーん、いいね。酒呑みのための辛口、しかしこのボディ、よいですなあ。うめ〜よ。これぬる燗もたまらんのよ。中秋の夜更けにアナタと呑みましょうね、月なんか眺めながらね。なんかみんなくいくいいっとるなあ。これ2本にしたらよかったかなあ。
 
 しっかし、だいぶボルテージ上がってきたね。にいさんの話では夜10時以降はちょっとオサえてね、ということだったんだけど、こりゃ無理だな。ま、怒られた時は怒られた時だしね。と、いうことで、店から持ってきた3000円ガットギターを手にして、ミニライヴ。みんなも適当に何か叩きながらついてくる。呑んでるから声がダメね。ちょっと休憩。もっと呑もうっと。

 ん?背後で不穏な気配。その頃は真っ暗でランタンの灯だけで、この橋の下だけがぼーっと明るく辺りはまったく見えない。「ぼっちゃ〜ん」と音がした。「行きやがったな」あおみちゃんとまっきーが着衣入水。「きゃーきゃー」という声がしてる。行く行くとは思ってたんだけどね。10分ほどして、二人ずぶぬれで帰還。風邪ひくなよ。歯ー磨けよ。
 
 そして再度CDオン。そんなアクシデントもあったからか、なんか火ィついちゃった感じね。叩く・踊る・騒ぐ、という感じ。あおみちゃん、こけないでね。あ、こけた。みっちが膝に乗ってきて恒例の騎乗位疑似セックス。ん・YEAH・ん・YEAHも健在。その時おれの目に飛び込んできた激しい動き。少し酔っぱらってるせいもあって、ん、なんだ、錯覚かな、と思った。おれの腰のあたりで何かが激しく揺れている。それもかなり奔放な、というかパンキーなというか・・・・・。
 
 よく見たら、美人マッサージャ−のしばちゃんが、寝てたはずなのに、身体起こして激しい揺れ。大丈夫かよ、クモ膜下出血ならないでね。しかし、なんという激しい動き。この「美人マッサージャ−の奔放な下半身じゃなかった上半身」は、みんなのノリにおいて、「火に油を注ぐ」結果となり、シューマイ入れんの忘れ、鍋喰うのも忘れ、サカナ喰ったっけなあ、つみれは喰った旨かった、まぐろのヅケも作ろうって言ってたのになあ。ただただノリの塊と化したバカ集団をつれて夜はどこまでも更けていくのでありました。

 翌朝、喉の乾きと頭痛で目が覚めた。ゆうべ、eve飲まなかったもんなあ。となりにはまっきーが寝てた。8:00am。腰もあいたただ。お茶を買いに起きる。お茶を2 缶買ってひとつイッキ飲み、もうひとつを持ってゆうべの現場へ。あ、けっこう片付けられてる。ゆうべは真っ暗で何がどこにあるのか、おれはぜ〜んぜんわからなかった。

 あったま、いてててて。しょうがないからジャンベでも叩く。川では早起き(ったって普通か)の親子連れ、ワカモノグループが水遊びをしている。気にせずジャンベを叩く。マダガスカル・レユニオン島のハチロクの研究をする。海が生んだリズムはやさしく麻薬的である。30分ほど叩き続けて、気がついたら頭痛直ってた。しかし、ハラ減ってきたなあ。みんな起きてくる気配もないしなあ。昨日の鍋を開けてみる。

 うわっ、なんじゃこりゃー。水を吸って巨大化したシューマイが満員電車みたいになってる。だみだこりゃ。雑炊の夢はもう破れてしまった。がっくり。で、バーベキュー台を捜索する。アルミホイルに包まれた物体を隅っこに発見。なんだろう。取り上げてムイてみるとじゃがいもだった。背に腹は変えられんので焼き過ぎですかすかになってるとこを除けてもぐもぐしてみる橋の下。泣けてきそうになったが、こらえてジャンベへと向かう。 
 
 10時くらいになってばかたちがぞろぞろ起きてきた。釣りを始めてるやつがいる。うのくんいきなりパンツ一丁で入水。さらに何人かも入水してる。隊長、水中放尿やめなさい。いぬとみたきも引きずり込まれてる。いぬが犬かきしている。そこへあおみちゃんが近づいて頭を水中へ。ハナっから朝メシつくる気などないやつらたちである。食いものがどこにあるかわからないから、特に外部のやつらはこの辺ごそごそできないしなあ、とおもって、発見した梨の回し食いをオトコたちにすすめる。
 
 そのうち朝メシ製作できるひとびとも起きてきて、雑炊が消えたことから「どーしょーか?」と話し合う。とりあえず、米はあるので残りの野菜で味噌汁作って、あ、そうだ、焼そばあったな。野菜を切ってきて火を起こして焼そばをおれが作る。あおみちゃん、いきなりビールですか。でも、おれも飲もう。となりで鍋かけて、ごはんも炊いて、と。卵が残ってたから味噌汁に入れたり、ぶっかけたりして、なんとかなるもんだね。おこげが旨かった、今回。バターしょうゆでいっときました。
 
 一応1:00にでなきゃいかんことになっとったみたいだけど、ここはけっこうそーいうとこルーズでありがたい。シャワーを浴びたり、借りたもの返したりしてとりあえずバンガローというか、掘建て小屋というかそのB-3とB-2へと引っ込む。
 
 寝、に入るもの多数。「奔放な下半身じゃなかった上半身」のしばちゃんが隊長をあんま。おれもこっそり近づいてケツを揉む。「あ、指増えてるー」「わかった?」普通の社員旅行なら完璧なセクハラね。B-3でオンナたちがスーピーしてる頃、B-2ではみたきたちが音楽中。マルタニカズをやってた。コードが違っててどーも気持ち悪いので修正にいく。なんだか、盛り上がってる感じ。デヴィッドボウイやったりマルタニカズに戻ったり、ジャンベとバンデイロとアコギでけっこういい感じ。外のベンチで寝ッころがってぼーっと聞いてたら、みい〜ンみんみんみい〜ンと相まってなんかよかった。。
 
 なんだかんだぐずぐずして結局4時までそこにいて、ええかげんにせ〜、っちゅう感じで九度山を後にしました。また来年も行こうね。では陛下、最後にひとこと。

「来年度も、皆と、ともに、いづれか、良き、場所へと、行くことの、できるむね、きぼう、します」
posted by おれ at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

料理番組、困った感じって感じ


<料理番組という幻想>
 自分自身も料理は好きで家でも作ったりしてるんですが、それとは直接関係はないが、料理番組というジャンルがある。ほんとうにたくさんあるんだけど、時間帯的にぼくが見れるのは、キユーピー3分クッキング・上沼恵美子のおしゃべりクッキング・奥村あやおの今晩何食べるぐらいなんだけど、それぞれなんだかヤバいと思ってるのはおれだけか?
 
 キユーピー3分クッキングはおばさんの先生がヤバい。ワカモノの日テレのアナウンサーを助手(茶々入れ)に・・クンなんて新婚のヨメがたのおかんみたいなみょうに親密な感じがエロい。ヨメが買い物に出た隙に料理を教えながらワカモノの手を自分のチチんとこへ持ってくんじゃないか、なんて想定でもっておれは結構ハラハラしながら見てるんだが、いませんかね、こんなやつ。

 若手の日テレアナウンサーくんもまた当たり障りのないコメントを連打して、その変な気の遣いようがこれまた腫れもんにサワルかんじでエロい。帰ってからの禁断の「ネタ」みたいな感じがある。ヨメが「おかあさん、どーだった?」なんて質問に「べつに、普通だよ」なんて答えながら「省略多し」みたいな、ね。
 
 おしゃべりクッキングは、そうね、まだこれが意外とまともかもね。あんまり違和感ないんだな。これはゲストしだいって感じ。どの先生もそれなりに説得力があって、勉強になる。
 
 こまったのは奥村あやお、なるおっさんである。このおやじはかなりのこまったちゃん初老版だ。ひとがどんなに罵声を浴びせようが、生卵投げつけようが、家族を人質にとろうが、効果なし、なハイパー・マイペース・だだズレおやじである。しかも、周囲はたいがいめーわくしてるだろうなあって感じがひしひしと伝わってくる。料理自体はあたりさわりのない「別に」なものばっかりなのだが、そのあとの一言コメントがすごい。おれももう100回以上それ聞いてイスから転げ落ちてます。何をいうかわからないのでヒヤヒヤする。そして極めつけなのは、そのポーズ付き一言で「止まっちゃう」のだ。3秒ぐらい。永遠の時間に思えますね、その3秒って。

 止まるといえば、故淀川長治大先生の「さいならさいなら・・・さいなら・・・・・・・・」の後半の・・・が思い浮かぶが、淀川先生のストップはこちらも首同じ向きに傾けたりして、同じさいならの口になってなんだか先生とおれ微笑ましいね、なんだか少し照れるけど、って感もあったが、この奥村のおやじのは見ててこちらが恥ずかしい〜くなる種類のそれなんだけど、それを、まあ早い話「こわいもんみたさ」っていうのかなあ、変に気になってる自分がイヤ。主観だけで生きてる人間の強さがあるなあ、そこには。結果的にごっつい長生きしそうないやな予感がします。このヒト。
 
 そして料理番組と言えるかわからないが、あの一ヶ月一万円生活ってのもかなりキてる。よいこの濱口と同居してたにわとりのしゃくれが自分が今生んだ卵で濱口が作った卵焼きをつついてんのって、それ自分の子供っていうか自分自身というか、それが食糧ですか、という現実はなんだか超ブラックで笑えなかった。

 それって「下血を輸血」なんてコンセプトに近い?遠い?どっち?
posted by おれ at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | お料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月23日

Bee-ボーグとの闘い

< BATTLE AGAINST BEE-BORG>
 最近、ベランダでよくハチを見るようになった。でも別になんちゅーこともなく、ただ「おるなー」と思ってた。ハチぐらいいるよね。で、ぶんぶんぶーん、ハチがとぶー、なんて悠長にこころのなかで歌ってた。

 ところがある日、ベランダの、隣とを隔てる間仕切りに巣を作ってたのを発見した。けっこうな大きさ(テニスボール大)になってて、けっこうみなさん集まってて、「我が家」化しつつあるということがわかったから、悩んだあげく、トングで取って2階へ放った。2階の人めーわく。

 それで一件落着だってその時は思った。一週間ぐらいは忘れてたし、かつてのハチたちの我が家は根っこのようなものがあるだけで「建て直し」のニュアンスは感じられず、しかし、ハチはたまに飛んでいて、まあ飛ぶくらいだったらやっぱりいいだろうって思ってた。
 
 ある日買い物に近所のスーパーへと出かけた時となりのおばあさんに「ちょっとちょっと」と呼び止められた。
「ハチがすごいでしょ」
「そういわれればそうですね。ぼくもこないだ仕切りの板にできてた、ハチの巣処理しましたよ」
「いや、おたくのパラボラのふたつあるうちのうちから遠い方に巣ができてて、こどももいっぱいいるのよ。なんとかしなさいよ」
「えっ、ほんとに?」
 
 急いで家に戻って見てみてびっくらこいた。ぼくの側からはちょうど死角になってる凹みいっぱいにソフトボール大の巣がもうぱんぱんにできていて、4・50匹のハチがそこにたかってた。こっちが本家だったのか。そーゆうのをみるとまずおれは「かい〜く」なってくるんだけど、その時はそれを通り越して、「さむ〜く」なっていたのであった。

 こうなるとノーチョイス。お引き取りいただくしかないじゃないか。で、どうしようか?まず殺虫剤かな、と思った。しかし、薬屋が水曜日で開いてなかった。どうしようか?そうだ!!!泡ハイタ−はどうだ?なんとなくヒラメいた気になって買いに走った。帰ってトングを持ち出し、ちょっと戦慄だったけど、ガキッとつかんでグキッとひねって取った。数十匹のハチが飛び出してきた。何匹かは我が家と運命を共にする気のようだ。2階へ。

 そのあと泡ハイタ−による攻撃を開始した。お願いだから反撃はやめてね、と祈りつつ。その凹みが泡だらけになっていた。おれとしては殺意はないんだけど、ただどこかへ行って欲しいだけなんだけど、多分2・3週間そこで暮らしてたわけだしね、ハチにしてみたら。その「寿命」を考えると、その我が家はもうかなり住み慣れた我が家になっとるわけで、ふと冷静になるならこの露地の立ち退き勧告もなしにいきなり鉄球による実力行使に及んでるわけで、新世界のカラオケ屋台の強制撤去だって、「やるよー、やるよー、ほんまにやるよー、やっていいかなー、いいのかなー」なんて通告が数カ月あったりしたわけだから、おれがやってることは暴挙なのかもしれないな、と思う。
 
 しかし、それでフィニッシュしたつもりだったのだが、イヌはひとに、ネコは家に、なんていうが、ハチはかつて我が家のあった場所に・・だった。数匹で飛び回っているのを目撃し、その度に追っ払う意味で泡ハイタ−攻撃をしていたのだが、それにもなんか飽きて、ほらもうフィニッシュのつもりだったからさ、一週間ほど経ったある日、ふと予感がしてベランダに出てみた。

 かつてあった本家の方は何もなし。じゃ分家は?と目をそちらへやって「あ」だった。巣の再構築が行われていた。まだピンポン球大にもならないが確実にそれは出来つつあり、そしてその今はまだちっちゃな我が家に6匹のハチがたかってたというかくつろいでたというか、とにかくそこにいたわけ。何か作業をしてるようにも見えた。Borgだ。その様子はボーグの機械的な作業を連想させ、「我々はボーグだ。お前たちを同化する。抵抗は無意味だ」というあのメッセージが聞こえた気がしてくるじゃないか。その途端、そのハチの巣はボーグ・スフィアになったというわけだった。ここらへんトレッキーでない方々にはよーわからんと思うが、ボーグの恐さとその社会構造のハチとの類似性は映画「スタートレックファーストコンタクト」を参照してね。

 それでこちらもピカード及びデータ化せざるを得ないわけだった。おれの泡ハイタ−はこの瞬間からフェイザ−になった。ハチ自体にはなんにも恨みはないんだけどね、人間たちがめーわくしてるからしょうがないんだね。ヒューマニズムなんてこの程度のものなのよ、みなさん。

 でピカード及びデータ化してしまったおれは別につるっぱげでも白塗りでもないんだけど、泡ハイタ−を構え、一撃・・・あら、一撃・・出ない。しまった、<止>になっとった。

 ボーグもハチもこちらから何かしない限り、まずは襲って来ないわけで、これはまあ助かったんだけど、<出>にしてもう一回巣に狙いをつけた。「FIRE」と心の中で唱えながらピユーピユーピユーとまずはスフィアを泡だらけにする。するとスフィアを守ろうとする隊と、そこから離れようとする隊に別れた。離れようとする隊は三匹こちらに向かってくるでもなく右往左往している。慎重に狙いを定めて一匹一匹泡だらけにしていく。少々泡がかかって失速してもまた持ち直すから、こっちも半端な気持ちではできず、けっこうアッツくなってしまっているのだった。躊躇がいかん。そしてトングでグキッとやってまた2階へ。

 未練があるハチたちをまた泡だらけにしていく。ふと、気づいたのだが、このハチ攻略に「効率」を考えている自分がいてびっくり。アウシュビッツの執行官と同じじゃん。生命を奪っている自分に嫌悪感も覚えつつ、ベランダを泡だらけにして、殺戮は終わった。もう二度とここに巣を作らないように痕跡をていねいに消して、気分はすごく悪かったんだけど、すぐに忘れてヨーロッパ選手権のVTRのセットにかかった。
 
 何度もいうがこれが厳密な意味でのヒューマニズムであり、ヒューマニズムなんてこの程度のものなのよ。
posted by おれ at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | startrek | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

いつもこころにオッさんを!!!

<いつもこころにオッサンを>
 まあ店のオンナどもを見てて思うことなんだけど、これは特にうちの店に限ったことでもなかろう、と思い、ちょっと一言。80's後半くらいからかな、オンナたちがオトコの持ち場(仕事場・遊び場)へと進出してきた。たとえば焼き鳥屋とか競馬だとかね。そしてそれに伴ってそのフィールドはおれには面白くなくなってきた。

おれはそんなにその現場にいたことはないし、当時はまだワカゾ−だったこともあり「うっとーしーなコイツラ」なんて経験そう多くはないんですが、でもオッさんのある種聖域でしょう、そういう場所、そんなところに土足で乱入やりたい放題、そしてそれをメディアがもてはやすってのは、なんだか気の毒な感じがしてた。

 そのうちに経験値高くなったオッさんの中には、オンナたちに対応することを覚えちゃったオヤジなども現れたりして、その同情自体も中途ぱんつケツ半だし、みたいなことになりまして、まー、そんなこたぁどーでもいーかって思ってたわけ。
 
 そして当たり前のことだが放っとけば時は流れる。そしてそのオンナたちにとって異空間だった場に彼女たちも馴染んでき、社会全体のコンセンサスとしてそれが当たり前として成立する中で育ってくる、いわばそのことを当然として受け入れるもっと若いオンナが現れるに至って状況は違う次元へと移りつつあるように見える。
 
 結論からいいますと、伝統的な意味での正しいオッさんに彼女らがなっていっとるっちゅうことだよ。今オトコたちはオッさんになることをあまりに敗北視してる。オッさん化=もてねえ、だからだ。マニュアルに頼り過ぎやっちゅ−ねん、オマエら。もてなくたっていいじゃん。もてんのも大変よ、けっこう。

 マニュアルに頼り過ぎなのはホンモノのおっさんらも同じく。トイレで新聞読んでてオッさん版メンズノンノみたいな雑誌の広告見つけて(LEONだね)驚いてそれから吹き出した。「イタリアオヤジに学べ」だってさ。たぶん、ベースにはジローラモくんの存在なんてのがあるんだろうけど、他人を完コピすることの恥ずかしさはみんなで棚上げしてその雑誌を成り立たせようというその動機がいかんやろ。イタリアをも消費しつつある、その日本のメディア実感ないな〜んにもあとに残らん文化なんてさ、ひとのフンドシで相撲とんのもいいかげんにしとかないとね。
 
 ミもフタもない環境で育たざるを得ないワカモノたちに対する同情を禁じ得ないが環境そのものをおれの手で変えてあげることも、身の回りのことなら可能だが、知らんコはどうしようもないから、まあみんな世間の荒波にもまれてちょーだい、また出会う事があれば仲良くしようか、くらいしかいいようがない。
 
 まあそんなこんなな世間ではあるが、そもそもいつの世も良質というのはわずかなパーセントしかないわけで、今ここでいうワカイおんなの中には、道でパンツ見せながら座り込んでるカオもカラダもきたならしいあいつらは入ってなくて、おれがいいたいのは、オッさんたちが自分らのフィールドでギヴアップした部分におれがいうオンナたちがするっと入り込んでで、一旦はいっちゃうと、意外なほど彼女らが馴染んでるじゃないか、っちゅうことなのね。

 今もうおんなっぽいおんななんてのはよっぽとじゃないかぎり戦略としかみんな見ないから、これは必然なんだろうと思う。オトコがやっていたことはいま正にオンナがやるべきことである、なんて感じ。マツダのクルマかなんかで「いくぜワタシ」なんてコピーがあったけど、それってモロわかりやすいでしょ。

 だからこそ、なさそで実はある(はず?)、オンナにできないことをおれたちオトコはやんなきゃいかんわけだよ。

フィールドはどんどん狭められ、おかまになっちゃった方が絶対ラクな状況ではあるんだけど、おっさんの正しさがそこのきみ、きみを救うぞ。といえば、うっそー、ってきみは答えるだろうか。

 オッさんはおばさんに囲まれて負ける。オッさんは孤独である。オッさんは冷酷じゃない。オッさんは実はやさしい。オッさんは実はいろんなことを知っている。が声が小さいためにおばさんの団体の声にかき消される。オッさんは自分を楽しませる方法を知っている。オッさんは世間で流行ってることにおばさんほど影響されない。オッさんは群れない。オッさんは水虫かもしれない。オッさんはヒトリでも闘う。がおばさんの団体には必ず負ける。オッさんは誰とも喋らない日がある。オッさんは昨日聞いたことを翌日他人に以前から知ってたようには言えない。

 男女問わずオッさんはいる。男女問わずおばさんもいる。

 おんなのおっさんをおれは「おまんこ付きおっさん」あるいは「おっさんなのにおまんこ付き」と呼ぶ。

 いつもこころにオッさんを!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
posted by おれ at 11:08| Comment(1) | TrackBack(0) | ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月21日

トゥインゴとプリズマの日々

《 DIAS COM RENAULT TWINGO E LANCIA PRISMA lNTEGRALE》
 突然トゥインゴのエンジンがかかんなくなった。一瞬プスッといったっきり、ウントスントモいわなくなった。

 ディーラーに取りに来てもらって、結局バッテリーの突然死でした。なんだよ、びっくりさせるなあ。でも最近のバッテリーってそうなんだってさ。みんな知ってた?

 プリズマは冒頭にも書きましたように、元気に走っております。ところでランチアのシートは「ゼニア」です。そうでない場合、アルカンタラです。仕立てがいいんだ、こいつが。

 イタ車といえばみんな最近は特にアルファ・アルファだけど、そのアルファが唯一コンプレックスをもつブランドこそがこのランチアだっちゅうこと、知ってましたか。

 イタリアといえば、フェラーリ、と、こうくるかもしれないけど、アルファはフェラーリにはコンプレックスはもっとらん。なぜか?それはフェラーリがやっていることは、かつてのアルファがやっていたことだからである。モーター・スポーツヘのコミットの仕方からイタリアン・カーの中での武闘派ともいえる立場といい、かつてのアルファそっくりなわけ。だから自分がやってきたことをトレースしているとしか思えない。

 エンツォはそもそもアルファ・ロメオのドライヴァーだしね。アルファはランチアの「品」にコンチクショウ、って思ってる。その品のあるクルマたちの中のインテグラーレの意味、これがまたまたアルファをくそーくそー、って思わせてる気がする。

 イタリアの紳士たちは、旨いもの喰わなきゃいかんし、サッカーで熱くならなきゃいかんし、クルマぶっとばして移
動しないといかんし、なかなか忙しそうだ。

 自分だったら?もちろん喜んでそうする。一生そうしときたい。
posted by おれ at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ランチア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月20日

プジョー309とアルファ75との日々

DIAS com Peugeot 309GTi
   e     Alfaromeo v6 milano
 
 309車検である。ということはあと2年のるつもり?と自分に問い掛けてみる。
今回、問い掛けおおいですね。離れがたいものもある。この小股の切れ上がった走り
、捨てがたい。ガラス・サンルーフだって好きだしなあ。荷物もたくさん積めるしな
あ。サイズだってちょうどいいしなあ。ひとがよくいうあのノッチバック、よくブサ
イクといわれるけど、おれには今やかわいいケツに見える。まあ心の中で乗ると決心
した以上、VOU GOSTAR MUITO DE VOCE de novo(
gonna love you one more time)なのだ。ちょっと心
が動いたんだけど、やっぱりキミが一番だよ。ぼかあ、キミといるときが一番しあわ
せなんだ。ぼかあ、キミを死ぬまではなさないぞ、と突然、加山雄三化してしまうわ
け。となればブッシュ系ゴム類などもおニューにして、と、本格的に可愛がるわけよ
ね。

 こないだちょっとバックシートに座って、シートの良さに自分でもびっくりした
。後ろはほとんど人が座ってないし、すばらしい座りごこちだった。廃車するときで
もバックシートとっぱらって誰かに足つけてもらってソファーにしようかなって思っ
た。エライよなあ、フランス車。おれ、シトロエン乗って以来、乗りごこちオタク化
もしてるよなあ、と自分でも思う。
 
 さて最近乗ってないアルファはどーか、といいますと、今パワ・ステオイルが漏れ
ててそれを直さなきゃ。順番があって、309の車検が終われば修理に出そうと思っ
てる。
 
 今、309の代車がまたまた日本車来てんだけど、あまりにも絶望的な気持ちにな
るから乗ってない。あまりにあんまりだ。ステアリングのくるくるぱーさ加減がびっ
くり。もういややー。
 
 とかいってたら309帰ってきた。期末テストであんまり乗れてないんですが、雪
が降る前にちょっと遠出したくなってきた。どこがいいかなあ、なんて考えてると楽
しい。でもこれも309あるいは75で出掛けるという前提があってこそなのだ。ぼ
くのイタフラ二刀流クルマ人生ももう五年以上になるけどできるだけ続くといいなあ
。今なんてFFとFRだから、それにMTとATだし体調と気分で駐車場行ってから
どっち乗るか決めれる。

 こんな幸せなくってよ、と自分に言い聞かせる。ほんとだね
、ママ。と前時代的少年口調にも思わずなってしまう。冬はヨーロッパ車は元気だ。
夏はぐったりしてるけど、特にアルファはね。ミラノ生まれだからしょうがないんだ
けど、血筋はいいぞ。本家アルファだぞ、Fiatの養子になる前の。

posted by おれ at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | プジョー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

*体操のおねえさんたちに関する考察その1

*体操のおねえさんたちに関する考察その1

 こうなってしまったのはいつ頃からだったろう?

 本質的にブルマ−好きとかじゃないのよ。誤解はいやだからいっとくけど。
 身のこなしが好き。それはいえる。身体はきっと柔軟に違いない。
 最近はけっこうケバいおねえさんもいる。アンドロイドっぽい。笑わないもんね。
 三人が最後にスススっと集まるところなどなぜかたまらん。「誰か」のためにやってるような気がする。誰やねん? 
 おっさんの指示に従うところはおれはちょっと困ってる。なんでそんなおっさんの言うこときくねん!って、ひとりひとり聞いてみたい気がしてる。
 なんか弱みにぎられてんの?おとうさんか誰かあのおっさんに多額の負債があるの?って。
 いまどきのむすめにしては異常な従順さに何かウラを感じてしまうのだ。ウ〜ンなぜだ?考察はさらに続く。
posted by おれ at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 体操のおねえさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月17日

<<考察:飲み屋としてのTodo O Mundo Numero1>>

《飲み屋としてのTODO O MUNDO numero 1》
 さて、飲み屋である。TODO O MUNDOは11pmからは飲み屋なのである。では「飲み屋の定義っちゅうのは何か?」
 あるとき、よう来る客の某ワカモノがケ−タイで「ほら、いってたやん、あのウメダの飲み屋よ」と、この店のことを喋ってるのを聞いてちょっと気分を害したおれだったんだけど、そいつの言う飲み屋と、おれが云ってる飲み屋というのは少し違ってる。コロナ・ビ−ルしか飲まんようなヤツが「飲み屋」などという言葉は使っちゃいかんのだよ。ばかめ。慎みなさい。「飲み屋」ではサケを飲め、サケを。飲めなくても飲め。おれが云ってるサケっちゅうのはだな、スピリッツをロックで飲むとか、カクテルでもいいけど飲む意味があるサケを飲めっちゅうこと。ここはテキサスじゃないんだぞ。ビ−ル複数注文禁止令を発しようかともおもってます。ウソだけど。でもね、せっかくいろんな種類があるんだから(おれの好きなモンばっかだけど)他所で飲めんもんをぜひ飲んで欲しいと思う。

 例えばピンガ、ブラジルの荒い砂糖きびのサケ。これで作る「カイピリ−ニャ」。例えば、タラモア・デュ−、アイリッシュ・ウイスキ−。例えばロン(スペイン語でラムの意)サカパ・センテナリオ。例えば、チリ・ウォッカ、ナッツ・ウォッカ、チェリ−・ウォッカ、ズブロッカ、またはそいつらをブレンドした「ワルシャワの月」というカクテル、または音楽好きなら、ニヤッとせずにはいられない「レッド・ホット・チリ・ペッパ−」なるカクテル。

 弱い人にも大丈夫なものもたくさんある。ピ−チ入りラムのフロ−ズンとか、弱けりゃラム少なめにって言ってくれてもok。意味のあるサケというのはこういうものを指す。おれの中ではだけど。メニュ−になかったとしても、レシピ言ってくれたらできる。そして酔っ払って少々失礼ぶっこいてもそんなやつならおれはユルス。二階の座敷でいびきかいて寝ててもユルス。

 同じビ−ルでも、日本一旨い地ビ−ルである独歩とか、新しくでた、ドラフト・ギネスとか、こいつらはほんとにおいしいから入れてるのであって、飲まない手はないぞ、皆の者。いや ほんと。コロナになんかカッコ良さを感じているイナカもんはどっかでス−パ−ドライに「ゆずぽん」かなんか入れて飲んどけ。
 
 メキシコの人々ごめんなさい。あなたたちになんの罪もないのよ、ユルシてね。
 さて原点に立ち戻ってみよう。自分の好きな酒場(TODO O MUNDOとは「和洋亜現古未来折衷酒場」である)は自分でつくるしかないねってことでこさえたお店ですから、自分だったらこうしたい、というのはある。
 
 夜の11時すぎにふらっと一人、または女ヅレ、または会話が熱くなれるような同性と来る。そしてお腹はそんなに空いてはいないから、初めはまだ何も頼まず独歩のデュンケル(濃い方)かドラフト・ギネスを注文。メシと一緒に飲む訳じゃないから、イッキ飲みはしない。よく焦がされた麦とホップを味わう。重たい水。そして飲んでるうちになんか口が寂しくなってくる。オイルサ−ディンまたはチ−ズの盛合せなどを頼む。するとワインが欲しくなる。シャブリ!と見栄をはりたいところをソアヴェにする。あ、でもこっちの方が辛くて実は気分だった。めでたしめでたし、と勝手に喜ぶ。チ−ズといわしをクルミバケットに「のっけ」で口に運ぶ。あ、気がついたら、ソアヴェのデキャンタがもうなくなってた。もう少し強い酒が欲しくなってくる。どうしようか、と思いながら、お店のネエさんに相談する。

 ネエさんはテキ−ラなどはドウカ、などという。すこし意外な気がしたが、よくよく話をきいてみると、テキ−ラくさくないテキ−ラがある、という。あ、そう。じゃ、それイッテみようかな。レモン・トゥイスト添えで。

 TwoFingersというブランドらしい。飲んでみる。ほんとだ。するりと喉を通過していく。そしてやっぱり最後にはテキ−ラの匂いが舌の奥にのこる。でもうまい、これ。もうひとつ頼む。ラテンのサケを飲んでると、どうも欲しくなるアテがある。それはフル−ツである。で、なんかないか、とネエさんに尋ねてみる。

 マンゴ−とパイナップルぐらいならできる、という。じゃあ、ソレイッテミヨ〜、と自分でもびっくりしたけどカルクなってる。ついでにこんどはパンペロ(ラム)も頼む。パインとパンペロってのはナイス・ミックスだ。なんかナミナミとパンペロが注いであって、ネエさんに「アイシテルヨ」と心の中で呟く。どんどんナミナミ度がアップしてくるのがいい店の共通項だ。そして、ついにズブロッカを頼んでしまう。

 不思議なことに一瞬このサケは頭を冴えさせる。ラテンのサケのおかげで身も心もアミ−ゴ・アモ−レ化してしまったバカ頭に「しゃきっとせんかい!」とワルシャワの造船労働者の厚さ1インチ・ムスタァシュおやじから「かつ!」を入れられたみたいに一瞬冴える。ジュ−シ−なフル−ツと、とろとろのウオッカの組み合わせが、本日のどの組み合わせとも違っていることをわかるほどの味覚的理性はのこっている。とろとろのウオッカを直接のどの奥のほうに注ぐ。トイレに立ち、階段急やねん、これが。上までもうちょっとのところでつんのめり、しかし、そ知らぬ顔で帰ってくると、「大丈夫ですか?」とはネエさんの発言。

 バレてた?木造家屋は音がよう響く。ちょっとアシにきてるかな。でもこの酔ったボケ頭で考えたことは少なくとも、このクソ現実を支配している概念よりは高尚だし、言わば別の進化を経て辿り着いたもうひとつの宇宙のようなものだから、それが泡と化しちゃうか、何か希望の光の糸口にするかはそのひとしだい。最後にうまいマンデリンを入れてもらって覚醒して、クルマぶっ飛ばしてか〜えろっと。ごちそうさま。
 
 さて、今みてきましたように、いい酒飲みというのは、酒ならなんでもよく、また、ただ飲み続ければいいというのではなく(それはアル中)あるサケがちょいと求めるアテがあるでしょう、そしてそれがひとつの満たされた状況をつくる。すると、そこに安住するときだってあるが、そこから別の展開も見えてくる。体調がいいとそうなる。そして別のサケを飲む。するとまた別のアテを求める自分がそこにはいる。そしてさらに別のサケを、、さらにアテを、サケを・・・・・・・おもしろいのはその状況の展開度数は回を重ねるごとにそのワ−プの度合いが1・・・3・・・6・・7・・そして最大ワ−プ9ぐらいまで行っちゃうこともある。話も(というか思考も)それにつれてどんどん拡がっていく。

 「さっきあんなこと考えてたのに、なんで今こんなこと考えてんだ?」
 「さっき地球にいたのに、なんで今デルタ宇宙域にいるの?ねえどうしてどうして?」
といった思考における star trek voyager化現象といわれる(おれがいってるだけだけど)事態を生じることになる。でもね、
 「ここから地球までは何万光年もあるよ〜、え〜んえ〜ん」
って泣く必要もないんだもん。30分ぐらいで帰れるよね。その、サケとアテと思考の「トライアングル・いたちごっこ」こそが酒を飲む醍醐味である、と強調いたしまして、本日のレクチャ−を終わります。 
 TODO  O MUNDOにサケ飲みにもきてね。もちろんメシも旨いんだけどさ、時間差攻撃をお待ちしております。
posted by おれ at 16:01| Comment(0) | TrackBack(1) | Todo O Mundo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

《お初天神周辺、都市のフォ−クロア> あの「モナリザ」は何処へ消えた?の巻

《お初天神周辺、都市のフォ−クロア》
 あの「モナリザ」は何処へ消えた?の巻

 あれはいつのことだったんだろう?一度絶対に行ってみて至近距離で確かめたかったんだ。そしておっちゃんらに混じって一曲ぐらいは歌ってもいい、なんて覚悟もできてたんだ。で、あれは一体いつのことだったんだろう?ある日、ホ−ムレスのおうち仕様で出現し、そしてなんのことわりもなく消えていくなんてひどいじゃないか、幻の店「モナリザ」。理由を考えてしまう。これはしょうがないっすよ、モナリザのママ!
 で、おれが考えた理由;
 1.あまりの低料金のため、やってけなくなった。
   そう、異常に安かったみたい。コ−ヒ−いまどき250円とか。なんか、やきいもを勧められたとか、で一旦座ると身動きとれなくなったとか、覚醒時なのに金縛りにあったとか、なんでそんなことが2・3ケ月で「伝説化」してしまうのか、不思議だ。
 2.ママの顔が、やはり、普通じゃなさすぎた。
   さっきもいったように至近距離で確かめてない、っちゅうことがこの説の確信を妨げる材料である。やっぱり失神者続出だったんだろうか?
 3.ママは仮面をかぶっていた。
   そして器用に、外の人間と顔が合う時は、仮面を付け、客に向かっては、素顔で接していた。その素顔というのは・・・・・・・ああ、恐くて書けない。
 4.ママは仮面をかぶっていた、その2
   仮面をかぶっていたが、それをとったら「また」同じ顔だった。客は90%発狂。
   う〜ん、有り得る、気がする。
 5.化粧の時、ノリがよく、思わず目の数を間違えた。
   眼球が動いてるとこ、見たぁ、ねえ。やっぱ、あの顔は一種のボディ・ペインティングのバリエ−ションだったんだろうか?
さまざまな憶測が流れる中、モナリザはあの路地から何時の間にか消えていった。しかし、キミら、この事実を知ってるか?モナリザのママは一度トドムンドに来ていた、っちゅうことを。すごいだろ。おれはいなかったんだけどね。いたかったよ〜う。

 <<注釈が必要である。トドムンドの路地の東、今は「あん」という店になっている辺り。「モナリザ」という店が突然できた。いや、ほんとにそれは「突然」できたのだ。昨日なくって今日あったのだ、というくらいの突然さだったのよ。その店の成り立ちといい、内部の様子といい、終戦直後か、今は?とタイムスリップしそうな「びっくり度」だったのだけど、それよりもなによりもそこの「ママ」である。おれは「あのように強烈な顔を持っている女の人」にはその前もその後も出合ってはいません。片桐はいりとかむちゃふつーである、それに比べると。どんな顔?って思うかもしれないが、もーすんごい!!!としか言いようがない。本文を読んで想像を膨らませていただくしかないのですけど。言葉は無力ですね、それを遥かに超えるものの前では。それでも三年前くらいまでは太融寺辺りでちゃりんこに乗ってるママの姿は確認されている。しかし、その後は目撃情報は・・・ない。一体どーされているのだろうか?>>
posted by おれ at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 都市のフォークロア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

横浜国大へGOGOGO!!!!

  IN FAKE日誌(横浜国大へゴーゴーの巻)<<一部書き足しております>>

 久しぶりの、関東の大学祭で何かしらないけれど妙に盛り上がってしまうんでした。ひょっとしたら5年ぶりぐらいだなあ。あの時の法政のオールナイトは凄かった。メンツも凄かったが、時代の空気というか、まだ未整理のままの音がとりあえずギミックなしでトビカッテイタ、とそんな印象があるんでした。未整理のままパワーで押し切ってスタアになってしまった近藤等則。じゃがたら、ブレイクダウンもいたな(いまでは踊るポンポコリン)。AD−IFも当時はトンガッタ クールでハードなJazz/Funkをやっていたんでした。2年後にビル・ラズウェルとのライヴで千里にやってきた近藤氏に---あ、あの時の法政の、、一番かっこよかったよ、あ、あなたVo.だ。----などと言わしめるほどのものだったんでした。ライヴ中に喧嘩があったりして。
 
さて、時は流れ、90年。AD−IFは脱国境音楽。横浜でウケルかな? 
 11/9、12:00、車がぼくん家前に到着。友野が運転してる。隣に松ちゃん(イマをときめくエンジニアのZAK)、後ろに本地(HONZI)、最後列は空いている。とりあえず本地の横に着席。出発してラッパ隊2名と急遽、車移動となったチン・ポクサイことかおるちゃん(ご存知カオリーニョ藤原大先生)を拾いに阪急茨木へ。中環を通って茨木で3人を拾う。名神は茨木−京都南間渋滞。かおるちゃんの意見により京滋バイパスを通る。

 茨木3人組、プロレスの話で盛り上がる。ぼくは、最近、そっち方面は少し醒めているので、つかず離れずのスタンスで話を聞いている。長洲が元気な頃は、ほんとにワクワクしたんだがなあ、等と考えながら。しかし、FMWの大仁田のエロチック/グロテスク路線は多少気になるところだ。気狂いじみたデスマッチの数々や、女子プロレスと小人プロレスも一緒にやっちゃったり、男女混合ミックスダブルスのようなタッグマッチまでやってるみたいで、プロレス自体が、日本の文化の中で決して正統にはなりえないにもかかわらず、それに無理やり求心性を持たせ、更に異端の道を行くという、ダブル倒錯野郎である。こうなったら男女混合だけじゃなくて、男・女・小の家族プロレス!をやってくれ。等など、バカなことを考えていたら、こらこら、全然すすんどらんじゃないの、前に。京滋バイパスはガラ空きだったが、その手前の1号線がえらく混んでて結局時間をセーブできたかは不明のまま、とりあえず名神に突入したんでした、ぼくたち。
 
 あいにくの雨で、しかも車がレンタカーでさすがの友野も運転しづらいみたいだ。未だ破られていない、誰も破ろうとも思わない、東京−−大阪、4時間の大記録を持つインテリ・ア職人兼AD−IFベーシストは、おとうちゃんは某放送局報道部長、おじいちゃんは大作家と絵にかいたような中流家庭のトリックスターを演じ続けながらも車の運転はピカイチなんでした。とりあえずZEPELINをBGMにジミーペイジのギターを しながら順調に東上しているように見えたんでした、ここらまでは。ぼくらが東京まで車で行くときによく立ち寄るうどん・そば屋が某パーキング・エリアにあって、どうして某なんていうの?うどん・そば屋くらい教えるのケチんなよ、とあなたは言うかもしれないが、実はぼくらも記憶が曖昧で、というか、一度止まるはずじゃないP.Aに何となく止まってしまったら、そこはレストランもなくて(工事中)、きたねえうどん・そば屋しかない状況でしょうがなくそこで食べた天ぷらそばが大ヒット、ということなんでした。だしが、イン ビトウィーン関西&関東で一度食べたら忘れられない味、なあんてそんな大袈裟なことはないはずだ、しかし状況の味というか、高速走ってて食う天ぷらそばとしてはベストなものがあったはず。

 議論の末、ここだ、と決断して乗り込んだP.A.が見事にすべったんでした。みんなそれぞれ、かなり迷った末、なにがしかのくいもんを買っているんでした。ぼくも、負けずに、「みたらし」と「かんぼこ」を買い、食ったんでした。満足のいくものではなかった。天ぷらそばが遠のいた時点で、我々の欲望を100%満たすものはもう存在しないわけで、ベルリンの壁が壊れたものの本当に欲しい物は手に届くもうちょい先にある東ドイツ市民と同じく正に資本主義的状況におかれてしまったんでした。腹が立って松ちゃんにそそのかされてさらに購入した「じゃがべーくん」の油で胃をいためてしまったんでした。これが第1回目休憩。

 友野の運転で東へ進む。名古屋を越える。おれたち脱国境音楽者だもん。名古屋ぐらい余裕で越えていく。ここにいない、北林純、シーラ、確実オギノ(アース・ウインド&ファイターズ)、せいいっちゃん(山村誠一・スティール・パンのバンドをやってる)はあす横浜へ。せいいっちゃんは仕事先から。残りの3人(これが問題)が果たして時間どおりに来るのか?なんせ、明朝6:32新幹線である。ここでの問題児はシーラ。オキレルンデショーカ?仮にそこを腫れた顔でクリアしたとしても、新幹線は"新"横浜にしか停車しないという事実。ぼくの心を暗くする。更に、もし万が一、北林純が3人の中でリーダーシップを取ったとしたら。ああ、「さむいぼ、とりはだ、戦慄」である。北林純が迷った末にこっちだと指をさす。半信半疑で2人が後に続く、当然目的地には着かない、それまで抑えていたシーラがしだいにヒステリックになってくる。それでも北林純は自分の間違いを認めない。シーラのイライラ度はピークに達してる。オギノは何かを感じて離れ気味に後をついていく。さすがに北林純も自信がなくなってくる。シーラの方を恐々見ながら、「ちょっと、間違えたみたいやなあ。」と、弱気を口に出した瞬間、ででででた、、シーラ「FUCKYOU!!!」

 あああ、やっちゃった。「FKJ B;AOIE.KJJ、H.KJBKKJBJH;RPOTOI ASS HOLE!! HCVIGRE/L.,MCJKCK;ASLMCVBH$'&)'&+*?####,V FUCK YOU!,MCXVLJKD」北林純には、こんな風に聞こえ、つまり意味はよくわからないんだけど、だから罵倒されてるってことだけがようくわかって、強者には弱いが、弱者には強いこれもプロレス者の血に火を点けた。女にそんなこと言われちゃたまんない。「おれだって北林バンドを仕切ってるんだ。」「若い女と付き合ってるぞ。」「離婚の修羅場をくぐり抜けた男だ。」あまり関係ないことでも自信のつくことなら何でも自分に言い聞かせ気付いた時には、「シーラ、ここまで来ておれと勝負しろ。」オイオイ。北林の張り手、パンチ、キック、全部空振り。シーラ、運動神経いいんだもん。プロレス鑑賞暦20年のプライドは完璧に崩れさり、その後は、、、そう、おわかりですね。キョーキ、狂気の、凶器攻撃!・・・・・・・・・・・・・・・・・ベンチ投げるわ、バス停振り回すわ、魚屋の包丁で刺しまくる!肉屋のミンチ機でつぶす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ほとんど年中着てるクリーム色のジャケットを班に血で染めて、ドラムを叩くときのほら「あの目」で只一人で横浜国大へ。ぼくらが「あれ、シーラは?」と言おうとした瞬間、机のうえに放り出すシーラのつるつるの足「一本」。ホラー映画を地でいく北林純・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ぼくたちのバンは第2回目の休憩へ。浜名湖である。ガソリンを入れる。当たり前のことだ。その当たり前田のクラッカーが、後でえらいことになろうとは・・・・・・・・・・・・

 約4名がチューチュー牛乳を買ってチューチューしている。チューチューでしか飲めない牛乳が売ってあって、牛乳好きの松ちゃんが早速購入、そして、なにをかくそう、ぼくをはじめ3名もそれに続く。しかし、「チューチュー」「チューチュー」の間にも魔の手がAD−IFメイン部隊の行く手に迫りつつあることに誰もまだ気づいてはいなかったのだ。

 浜名湖P.A.を出発。今回はこやさん(バブルガム行って、あとはどーしてんのかなあ)が運転。異変は、そう、突然やってくる。おそい。なんか、遅い。どんどん抜かれてく。こやさんはブイブイふんでるんだが?誰かが呟く。
「この車、ディーゼルちゃうか?」
「車検証、見てみろよ。」「あららあ、」
「それって,まずいんちゃうん?」
「エンジン、焼きついてまうで。」
「どうなんの?」
「廃車。」
「止めろ、止めろ。」

 ディーゼル車にガソリンという、GSのにいちゃんのあってはならないミスの為に我々は、東名高速上で立ち往生。不幸中の幸い、出口に近い。しかも下り。
「みんなで押そう。おれは、記録を撮るから。」
と、いって、VIDEOカメラを手にする。いいじゃん、くだりだもん。そんなに力要らないでしょ。ところが、なんか、車が動かない。なんで??下りのはずが、のぼってました、実は。錯覚!錯覚!まいったなあ。とりあえず、頑張って車を安全なところまでおす。友野と松ちゃんが道路公団にTELしにいく。
「ふたあけたら、軽油って、かいたるやん。」
「あいつ、中卒やで。絶対。」
「だはは。」
「晩メシの中華料理はどうしてくれる。」
「ああ、横浜の中華街が遠のいていくう。」

 車がビュンビュン飛ばしていく。大阪より暮れるのが早いので、5時すぎというのに真っ暗で、ランプがやけにきれいだ。誰も深刻な顔を,実はしていないのが可笑しい。なんかハイなのネ、みんな。確かに、目の前の情景は盛り上がるモノがある。イイよね。高速。
 
 しばらくして、道路公団じゃなくて、スタンドの人がやってきてエンジン洗浄、軽油満タン、高速代タダ、鰻100匹(食えない!これはうそ)と言うことで許してあげた。いかにも、モウカッタというのが、現実でした。この方法は使えるよ。ちなみにGSはそういう失態が道路公団にバレるのが一番ヤなんだって。
 
 トラブルにもめげず、11時に無事に横浜に到着したんでした。横浜ビブレに出演したことのある、旧AD−IFメンバーはしきりに懐かしがってる。しかし、またここで、問題がもちあがった。チン・ポクサイ先生の部屋は予約していない!さて、どうするか?
 
様々な解決方法が議論に上った。(カオリーニョ藤原大先生はとてもショートである)
1.ツインの部屋(むっちゃ、狭いと思われる。)にエクストラ・ベッドを(もしそういうものがあれば)いれてもらう。
2.松ちゃんがパパで本地がママでかおるちゃんを幼児にして、情に訴え無理やり入り込む。
3.こさやんの腰付近からかおるちゃんが生え、シャム双生児として、一人料金で泊まる。
4.カウンターのむこうにいる、フロントのおばさんからは、かおるちゃんは見えっこないので、堂々と泊まる。したがって、こういう議論自体無意味である。
 
 さて、私達はどの方法を取ったでしょうか?とにかく無事に宿泊したんでした。
 その部屋というと、これがなんともいえない、せまきたなくさい部屋であった、というだけにしておきたいんでした。ぼくとしては。あんな布団のがら、すごい久しぶりに見たなあ。
 
 さて、翌朝、9時だよ、全員集合。国大へ出発。国大のスタッフから送られてきた、ファックスの地図を頼りに走り出す。こいつが判りにくい。でも、なんとか目的地に接近する。途中でG.S.のおじさんに確認したところ、
「この道、真っ直ぐ行けば、横浜国大って書いてあるよ。メクラだって見落とさねえ。」と、問題発言。
 
 っちゅうことで、目開きのぼくたち、見落とさず無事到着。案内されて、駐車場へ。隣がパンタ率いる、西部警察、違った、頭脳警察。西部警察のパンタさんですか?って言ったら、シバかれるかなあ。ということで10分程、話題騒然。きっとシバかれると思う。

 控室は「近田春男とビブラストーン」と一緒。ここでも「バイブラストーン」で盛り上がる。アホかな??オレタチ。そうこうしてるうちにバイブじゃなかった、ビブラの人達到着。ぼくたちのCD「エンドルフィン」のエンジニア杉山がいつもはミキサーをしてるんだけど今日は来ない。ベースの沖山氏と軽くお話。アーバンダンスの成田氏と今は亡き「六本木インク」に見に来てくれたこともありました。でも近田さんは初見だったので、挨拶。杉山が以前にCD渡してくれてたこともあって、
「きみたちがそーかー。」
と、大袈裟に驚いてくれる。トミーに、こさやんがぼくを紹介してくれたところ、
「あ。しってる。」
とか、いいだして、アセル。バナナホールで見られてました。3年前に。あれは、確か、前のメンバーが辞めて、2週間位で、ライヴだった。なかなか大変だった。しかし、びっくりしたなあ、もう。トミーはグラスをかけてると異常にかっこいいんだけど、とるとなかなか、目が笑える。わりとシツコイ奴だそうです。
 
 出演が2番目なので思いっきり、リハ迄時間がある。そういえばハラ減ったよなあ。っちゅうわけで学食へ。しかし、はっきり言うと、国大の学食は朝っぱらから、かなりの充実を見せていたんでした、ホントニマッタク。定食屋然としていた、と言えば分かってもらえるかもしれないんでした。はらいっぱい状態でもどってくると、いたいた。オギノにせいいっちゃんにシーラに北林純。シーラはバラバラじゃなく、一体でした。ヨカッタヨカッタ。顔はおもいっきりはれてたんでした、しかし。
 
 最後の方に出るバンドからリハが進行している。シーナ&ロケッツは別人がリハを敢行していたんでした。なんでも、完コピできるバンドがいるんだって。なんということのないロックはそーゆーことできるわけね。ぼくはそんなのヤダね。第一、他人が出来るわけないもんねだ、オレたちの音真似。

 頭脳警察、FOOLSときて、AD−IFの番になったんでした。ステージは横はそうでもないんですが、奥行きが異常にある特設ステージだったんでした。ステージ上でビデオを撮ったりして遊んでしまうオレたちはヒンシュクを買うわけです。ふまじめ。他はエライバンドばっかりだったんでした。

 パンキー・ズーク・ビートを軽くぶちかまして、さっさと終わる。なあんか、やりにくいなあ。後ろまで、遠いんだよな、なんか。フリクシヨンの事務所のヒトがVIDEOをとってくれるって。ありがとうございます。それとは別に本日のライヴはVIDEOとなって、発売されるということです。そういえばやたらめったら、カメラがあるんだな、これが。ステージ上にもブレンビーが4台、いるいる。どーせならぁ綺麗に撮ってよね、あたしたちのこと。

 本番まで、後1時間。この国大の野外音楽堂はすり鉢状になっていてなんか巨大なアリ地獄というか、野ツボ(失敬!)というかそんな感じがします。その野ツボの(ヤメロ!)へりをぼおっとして歩いていたら、ン?見たような顔があったわけです。イワサキだ!京都ミューズのライヴをぶっちして以来行方不明となっていた岩崎が出現したんでした。今は、映画「帝拳」をプロデュースした、荒戸事務所の見習い社員をしているっちゅうことで、お前も頑張れよ、俺たちもがんばります的な話をするしか無かったわけです。とりあえず、ぼくのビデオを撮ってくれるように頼んだんでした。結果を言えば、案の定、やっぱり撮れてなかったんですけど。だいじょぶかね?そんなんで。映画会社でしょ。一応。
 
 さて20分押しで、本番スタート。「近田春男とビブラストーン」のステージです。本番前に結構マジにミーティングしてたのには少しビックリ。FUNK&GOGOでぶっ飛ばしてる。ラッパ隊上手いなあ。しかし、そういうアメリカン・ブラックの音より、ラテン系、ワールド・ミュージック系の音楽の方が高い技術を要するっちゅうことをキミは知っているか?そーなのよ。これは覚えておくべし。
 
 無事、ビブラが終わり、いよいよAD−IFの出番となったんでした。ステージ袖は寒い。早く暴れたいよう。サウンド・チェックが終わってまだかなあ、と思っていたらまだなので、ドラム台に腰掛けてくつろいでいたら、突然「ピィ−−−ッ」とホイッスル。

 松ちゃんからの「はよやらんか」コールでした。そうだったの?しーません。んじゃ、いくぜ!一曲「LUPIN」ラッパ隊、快調。ビブラに負けてへんどー。テーマからカオル・ソロへ。このふわっと浮く感じいいよなあ。しかし、カオルちゃん座ってるから、前で踊ってる奴からは多分見えてない。マジック・ギタリスト。熱くなって、もいっかいテーマへ。最後のキメも気持ちいい。続いてすぐにラッパ隊のブリッジから、GOGOへ。おっ、せいいっちゃん、いい感じ。北林純との不仲説も解消されてボクはうれしい。

 「ツカレテルノニタツッ」連呼のあと、今最も、リキ入ってる「疲労天国」。ラッパ加入でこれは良くなった。ビバ・ラ・メレンゲ!快調!とおもっていたら、ブチッ!ACCIDENT WILL HAPPEN。弦切れちゃったじゃないかあ。ばかあ。「ありにんげん」のソロものこってるのにぃ、もお。無理矢理、気を取り直して次へ進む。

 「スキニーパパ/ロコ」。ぼくは、ギターもう置いちゃってる。すねてないもん、べつに。でもひかなきゃいけないとこあるんだった。咄嗟の判断でヴォーギング・ダンスで誤魔化す。でも後でビデオでみたら、これが変で可笑しかった。皆さんにも一度お見せしたい。サルサ大会がおわって、佳境に入ってきました。
 
 「土曜を逃げろ」中盤のフラメンコ・パターン。燃えたもえた。ラッパ隊も、細かいフレーズ、バッチ、グー(こりゃフルいね)!「あり」へ。あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、くろびかりしてるつよそうだろだけどほんとうはよわむしなありにんげん。踊ってる奴の数はビブラの時の半分ぐらいか。でも一人ぼくの目線の先にいるいる、いいオンナ発見。ブス10人よりもいいオンナ1人、量より質だ、質!ぼく、あなたのために心を込めてうたいます。泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。っちゅうことで「ありにんげん」彼女は終始ニコニコ。おかしいな?5弦のぼくはここぞとばかりにフリーキーなソロ。オレハ自由だ。5弦なので「赤道太郎」を削って「ハッカー1/2」で締める。

 松ちゃんの横でよそのバンドのエンジニアがえらい勢いで踊りまくってる。そう、踊んなきゃ。ぼくもコップの水を蒔く。ビートに合わせて花火が上がり続けてる。歌詞にぴったしハマッテル。国大のスタッフ、ありがとう。始まったときの明るさは闇に犯されて、もうそのかけらすら、なくなっている。真っ暗だ。照明で身体が熱い。花火は更に打ち上げられ続いている。上へ。前へも。局は中盤カオル、生ギターソロから、ルンバへ。脳内物質、ピュンピュン、アドレナリンもガンガン。声なんか、潰れていいと思う。つぶれろ!パンキー・ズーク・マシーンと化したAD−IF10名、強力!!世界はおれたちを中心に回ってる。心臓が止まってしまうまで、このビートの中で暮らしたいよう。頭ン中のモニター・スクリーンは次から次へと画像が切り替わる。赤ん坊の笑い顔、太陽の紅炎、砂漠の兵士、女の唇、シャンゼリゼ通り、バイブレイター、子供の頃に遊んだ草原、競馬放送、自分の耳、パジャマ姿のサダム・フセイン、パンスト履いてる高校生-------------。自分の中で、音楽を越える瞬間だ。この感じをもう一度体験したくて、多分またライヴをやっちゃうだろう。最後のリズム隊だけになるところ。せいいちパーカッション、むっちゃ、シャープ。ラッパ隊へのコールだ。眼が合う。いくよ。
 
 ウノ!ドス!トレス! クワットロ!

  おわり
posted by おれ at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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