2005年09月26日

第三回トドムンド秋の大旅行para 洞川

<<4年前のトドムンド旅行。なんとアメリカがアフガン攻撃をした日だった。いまだに大峰山童貞ではあるが・・>>

もう昼間、屋根開けても2時間でカオ真っ赤、みたいなことはなくなった。逆に夜うしろに乗るやつには毛布が必要になってきた。しかしまあこれが中庸な気候というもので、こんな季節長く続いてよ。
 さて秋恒例の「第四回酒池肉林トドムンド大社員旅行」が今年も敢行された。以下はスリルと興奮に満ちたそのてんまつの記録である。なお、書かれてあることは事実に基づいてはいるが、その表現としては多少の誇張あるいはデフォルメがなされていること、さらに各人の名誉のために実名は伏せて「かなりわかりにくい偽名」を使ってあることをご了承お願いします。

 11時山田駅ロータリー集合。クルマは今回4台。サーブ・プジョー106・ルノートゥインゴ・そしてマツダというラインナップ。運転手はおれ・SK原・M瀧・Sばちゃんの4名。みんな安全運転でね。とその言葉がこっちにそのまま返されないうちにしゅっぱーつ!と思ったら、13名しかいない。MッキーとBTっちがおらん。また遅刻かよー。すると青のべスパのメット2ケツ組、こそこそと登場。もーおまえらそのままバイクでいけー、という社長命令にもかかわらず、四台に分乗。サーブにA希ちゃん・Aいちゃん。S原のプジョーにたばこ吸う組のKみKみ・Jブさん・BTっち、M瀧のトゥインゴにはMッキー・N井。Sばちゃん号にはMっち・Eりちゃん・KKろちゃん・Mグが乗り込んで出発。
 サーブを先頭に近畿自動車道を快走する。空は快晴ではあるが日射しはやわらかい。昼間屋根開きでもそんなに暑くなく、流れる風とうまい具合に中和されて身もココロもクルマもすーいすい。ミラーに映るフランス車たちのブルーも目にいい。柏原インターで降りて国道に入る。そろそろお腹空いてきたね、ということでケータイで各号車と連絡をとりめしやをさがす。しかし国道沿いのその系統の店、見る店見る店全部ツブれてる。まいったなー。そして吉野へはこのルートではいったことがなく、宿のおっちゃんの送ってくれた地図がバカファックスのおかげである部分にょわーんと伸びており、なんだかよくわからん代物だった。R309までいけばわかるんだけどな、なーんて思ってて、で分かれ道で止まってどっちかなあなんてやってるうちに「こっちかな」なんて入り込んだ道がどんどん狭くなっていく道で、典型的なアウトなパターンで、しかも四台ぞろぞろなわけで、おれは抜けるのも早いんだけど、Sばちゃん号は脱輪危機一発だったと後できいた。いやーごめんごめん。
 昼めし屋をさがす。発見「ほっとほっとママ」。あのさ、なんなのかなあ?いや、ほんとになんなのかなあ。ネーミングって微妙ね。ま、なんか喰えればいいや、ってクルマを駐車場につめこんで入店。しかしいきなり十五人御来店ってのにおばちゃん慣れてないらしく、少しパニックだったけど、こちらもそこは御協力でオーダーを極力簡素化いたしまして、おばちゃんも客のおっちゃんをにわかにウエイター化してそれに対応し、なんとか十五人メシ終了となったわけ。
 さてそのうちぼくの馴染みのR309にも入り、あとはただただ吉野・天川・洞川温泉を目指すのみとなりました。あとで聞いたところによるとプジョーのスモーカーチーム、SK原がノンスモーカーでたばこ禁止令が車内に発令されてたらしい。だはは。吉野川を渡って少しのぼる。途中「松茸1パック千円」に、ついふらふらと誘惑されそうになるがなんとかもちこたえる。いいかんじの路。びゅんびゅん行きたいが、連れもいることだし自重する。オ・ト・ナ・ってかあんじ。ホントはけっこう前つかえてたのね。
 で、洞川温泉に到着。山上ケ岳の中腹にある修験道の行者さんたちの前線基地でもあるここは、ぼくにしてみると熊野のそのおおらかさに対して、密やかで謎に満ちた一画だった。最古の超能力者役行者(えんのぎょうじゃ)=役小角(えんのおずぬ)がさまざまな不思議な力を授かった吉野と熊野を結ぶ大峰山系北端のこの温泉街はそんな霊験なムードに溢れていて嬉しくってしょうがなかったんだけど。まあ、しかし、その、これは楽しさに重きを置いた旅行であるので、俗物化することにし、難し面白い話はとっておこうかな。まあ、晩飯後機会があればね。感じるやつは感じるだろうしね。
 桝源旅館に到着。BTっちの交渉により、一人一万円ポッキリだけど、三つ続きの広い部屋と晩飯・宴会ようの二十畳の部屋が用意されてた。男子四名がこっちのひと部屋、女子十一名が奥のふた部屋ってことにクルマを置いてきたら自然に割り当てられてた。
 とりあえずカラダ動かそう。これは去年の教訓。旅館の私有のグラウンドまでふた手に分かれてぞろぞろ歩いていく。途中、川があり、その水の透明度にびっくり。夏には飛び込みできそうだ。旅館街でも水があちこちで湧き出ていて飲むとうまかった。なるほど。で、とうふもうまいわけだ。キャンプ場を越えてグラウンドへ。まずは野球。ちょっと寒い。インドアにバスケしに行こうということになり、ぞろぞろと移動。体育館に着いたけど、タイムオーバー。なんだかアバレ足りんカオの群れ。よーし、じゃサッカーしよう。広いテニスコートがあったのでそれぞれのエンドのフェンス一区画をゴールにホイッスル。しかし長さが70mほどあって攻めて帰ったらけっこうキツイ。スニーカー持ってくるべきだった。後悔しててもはじまんないから、とりあえずやる。ボールに「たかる」という感じの、うんこにハエ、的超草サッカーだがなんだか燃える。みんなもきゃーきゃーいいつつやってる。燃えるがきつい。しっかしなあんか元気だよなあ。特にMッキーヘディング燃えすぎ。帰ったら労働強化するぞ。

 みんなカラダがったがったになりながら旅館へともどる。こりゃ真剣にストレッチしないとえらいことになりそうだね。喉もカラカラだが「もうメシまでバッタのションベンほどの水分さえもとるべからず」宣言。旨いビールのためね。
 風呂がキャパ5名くらいだというので、女子は二班に分かれて入浴。男子は全員で入浴。二班目のMっちが「誰が一番デカイかおしえてくださいね」「ハイハイ」
 お湯は適温。でもなんだろ、この匂い。結局わかんなかった。でも置いてあった備長炭入りの石鹸がナイスだった。あがって「ビールビール」しかし、オンナどもの二班目がこれからだった。オトコ4人あてがはずれてガックリ。テキトーに洗ってはやくあがってこい。しかし、その声は和室にむなしく響くのみだった。結局おあずけな約20分間を音楽・文学論ですごし、やっと二班目あがってきた。

 食事部屋に移動し、社長の一言後ビールで乾杯。かんぱち・まぐろのお造り・鮎塩焼き(ちょっとかたかったな)あとちょこちょこっとあって、メインはちり鍋。山の中でちり鍋っつーのも変なかんじだが、これは川魚の洗いをなんとかやめさせろというおれの命令と旅館の主張をBTっちが交渉そして妥協の結果。うんまあよくやった。鍋はおいしかった。ハモ・蟹・ふぐ一応おりました。今回酒は大洋盛・越乃景虎・シャブリ・ミュスカデ・アンドレ・サンテニー等。景虎やっぱりうまいねー。いやほんと。宴も中盤となると、各自のペースで飲み食いが深く進行してる。おれは酒・ワイン・酒・ワイン・ワイン・酒・酒・酒・ワイン・酒・酒・酒・酒・っていたってシンプルな感じだけど、ひとによってはさまざまでAいちゃんは酒・お茶漬け・お茶漬け・お茶漬け・お茶漬けだし、Sばちゃんなんて、酒・寝・酒・寝・寝・寝・冷やピタクール・復活・酒・メシ・寝・って感じ。N井は酒・スペイン語・酒・おもろいカオ・酒・なんやそのカオ・酒・おもろいっちゅーねんそのカオ・酒・なんとかしろそのカオ・・・・。だし、BTっちのように酒・酒・おかん・酒・おかん・おかん・おかん・おかんなんてパターンもある。などなど、各自いたって勝手な人生を送っている状況というのがそこにはあって、まあ、それはそれでよし、という以外にないなんてことになるもんな。
 最後に雑炊で締めなきゃ。え、Aいちゃん、まだ喰う?ところがO−157以来、卵は出さんことにしとります、という宿のおとーさんの挑発的な意見に対して、BTっちとMッキーに「どっかで卵ゲッティングしてこい指令」を出す。で待つこと15分。よくやった。7個コーヒー屋にてゲット。トラジャがあるらしいから明日朝いこう。蟹みそ・そこらへんのポン酢ののこり・酒ののこり無作為ぶちこみバージョンのが旨かった。じわじわと夜は更けていく、なんておもったらまだ九時すぎやんか。ノミタリナイやつと甘い系に走ってるやつが縁側に移動してうだうだする時間だ。役小角の奇蹟の数々の話始めようかな、とおもったがなんかちょっとノリがちがった。もうちょっと後で。このあたりからゆったりするやつ、盛り上がるやつ、寝るやつ、ひたすらのむやつ、あばれるやつ、さらにいろいろ。今回の最年少Mグ(18受験生)の毒吐きもそろそろ始まってきた。
 SK原に「なに浴衣の下にTシャツ着てんねん」SK原「だははは」Mグ「脱げや、おまえあたしのこと好きやろ」SK原「だははは」Mグ・18才、SK原・35才。
 ま、とんでもないバカ娘にこれを読んでるひとは思うかもしれないが、ま、その通りです。しかし、バレリーナである。ちょっと踊ってみなさい。そこは長きにわたる訓練というものをやってきたものだけの威厳と美しさがあるわけだよ。浴衣のままでバレエ。Mグ、パンツ見えそーやで。
 「パンツぐらいええねん」パワフルである。「Mグうすいし」んーなことはきーとらん!で、はだけた浴衣でBTっち前へ。浴衣をちゃんとしてもらって、と。BTっち、おかんのまま。
 そうしているうちにカラダ動かしたいチームがうずうずしてきて、しかもさきほどの野球・サッカーでストレッチしないとやばいね、って話になってきた。自分でもこのコリ方だとさすがにヤバいなと思っていっしょにストレッチ。開脚中のA希ちゃんの「マタ」をちょっと拝借しておれも開脚。まわりはブーイング。うるさい!
 じゃあちょっとギターでも弾こうかな、せっかく持ってきたし。ハーモニカも欲しいな、と呟くと、「ハイ」とMっちが袖からだす。どーしてそんなドラエもん?ちょうど日本vsナイジェリアがあってて、パンデイロ担当のSK原は音が鳴り出すと浴衣はだけて叩きにくるが、終わるとひっこむ。あ・いそがしい。「絶対あたしのことすきやろ」Mグからのつっこみにも「だははは」で答え、もひとつ・あ・いそがしい。
 そんなバカ状態が常態化しそうになった頃、それは起こった。
 アメリカがアフガンを攻撃を開始したのだ。みんな慌ててTV前に集まる。あいたたた、だ。言葉もなくなる。現実が一番重い。
 ブッシュが演説を始めてる。知らん間に日本語の合の手が入ってるなあ、なんて思ってたら隣におったはずのMグが立ち上がってブッシュにけんか売ってた。その頃にはおれもだいぶ酔ってて「いかにこれが愚かな行為か」ってことをいいたいんだがクチがまわんなくなってた。今この時確実な殺意をもって誰かが誰かにミサイルを打ち込み、確実な殺意をもって機上から掃射が行われていることが不思議な気分だった。リアリティの欠如ということに対する焦りと苛立ちは、しかしおれの酔いを本格的に冷ますことなくかえってもっと深いところへとひきずりこもうとしている気がした。意識をなくすまえに頭の上に黒いパンツが見えた気がした。殺意のミサイルと18才の黒いパンツに引き裂かれた自分の意識はなにかを確実に象徴していたのだが、それを検証する絶好のタイミングをあざわらうかのように睡魔によって闇の中にひきずりこまれていった。どこにだれがいるのかさえわからないし、直の畳が身体に痛かったが、動けなかった。頭をもたげてJブさんが枕を滑り込ませてくれた。

 翌朝、「ごはん食べてくださいよー」という宿のおかーさんの声で起こされる。ぞろぞろみんな起きてきて、「そーいえばKみKみまたなんかうなされとったなー、寝言で会話しとったぞ」というと、N井いわく、おれもだって、「え、なんかやばいこといってなかった?」団体旅行の危険その1。
 朝メシが用意されている。精進料理の朝メシみたいで納得。行者さんおおいんだもんね。メシ後、人間は巨大な消化管であるから食べたあとは出したくなる。トイレ3箇所、ウンコ希望者いっぱい。団体旅行の危険その2。まいったな。タイミングはずすことにする。池の鯉でもみながらたばこ喫ってくつろぐ。それにしても、アメリカー、なにすんねん。どーも気分が沈む。気分は沈むが便意は盛り上がる。いってこよ。和式で燃えるが足が痺れた。団体旅行の危険その2ーb。
 チェック・アウトがなーなームードだったのをいいことにN井はまた布団の中へ。聞けばみんな寝たあと勉強してたらしい。明日試験だってさ。

 しかしやっぱりいいかげんに出ないと。支払い済ませて、約束のコーヒー屋へ。トラジャはおいしかった。こんなとこで飲めるなんてね。おれも熊野詣でで一番困ってたのがコーヒーだったからさあ。それにしても気持ちの真ん中にアフガンがある。どーも人工的なはしゃぎ・もりあがり、いやおれのことなんですけどね。なんか無理してないと他人から見れば不機嫌としか思えないようなカオになっちゃうのがわかってるからツライ。どこかへ脱走しちまおうか。悩んだあげく、やっぱみんなに帯同しちゃった、結局。鍾乳洞と吊り橋とどっちがいーい?ということになり「穴に入りたい」というおれの意見がとおり、鍾乳洞へ。メインストリートを下る。途中に旨いもの発見。巨大子持ち鮎の焼き立て。人数分はないが、どーせ喰えないでしょ。約二人に一つの割り合いで購入。おれ、ハイエナくんしようかな。そのかわりにね、Mッキーそそのかして缶ビールをパクらす。よし、うまくいった。観光地での万引き、よいこのみんなはしちゃだめよ。

 この鮎はでっかくて、焼き立てでひじょうにおいしかった。ただのビールもね。あと、アメノウオ・さらには受け口のイワナも水槽にいた。旨そうだった。いい気持ちで鍾乳洞を目指す。八幡神社でお参りをして急な砂利道をのぼり出す。昨日の今日だからけっこうキク。15分程かかって鍾乳洞入り口前に到着。ビール飲みたかったんだけど、まだのぼってきてないって。あ、なるほどね。ひと休みして、じゃあいくか。せまあい通路を降りてのぼって、いたってしょぼい鍾乳洞だった。失敗失敗。しかし、高いところにのぼった特権もある。それはランドスケープ。山上ケ岳が見え、ぼーっと見てるとタイムスリップしそうになる。今にも役行者が飛んできそうな雰囲気。のぼった甲斐もあったよね。しかし世間話に花が咲いてるオンナども。もうちょっと放置しとこう。
 30分程して、じゃあみなさん下りましょうか。途中道しるべあり。こっちに吊り橋1kmと書いてある。えー、行くの。行く気満々な、というかもう勝手にどんどん歩きだしてる。下り始めてた男子3名にも引き返すようにいう。
 1kmくらいならいいか、と思ってついていくが、その1kmアップダウンな1kmだった。きついねー。小学校の遠足を思い出す。Mッキー・A希ちゃん随分先いっちゃったなー。なんでそんな元気やねん。ひょっとしてお前ら真性アホか。ま、足腰強いっていいことだけどさ。吊り橋に到着。第一回に行った十津川の途中の谷瀬の吊橋のこと考えるとなんてことはないもんだったけど、あかんやつも何人かいて、そんなやつがいると揺らしたいやつもいて、お決まりの、嬉しがって揺らす、怖がる、手引いてあげる、そんな一往復して、もう行くとこなくなって下りましょうということになる。下りたところに修行用の滝を発見。脱衣場とかあって、そりゃ着替えなきゃいかんのはわかるが、変な気がした。
 今回仕事でこれなかったA美ちゃんと法事で田舎へいってるKいちゃん、そして新婚のKヨちゃんに、そして自分たち用のおみやげを買いにメインストリートへと戻る。おみやげとしては、胡麻豆腐・名水豆腐・陀羅尼助が狙いだったかな。胡麻豆腐は当たりはずれあるけど、ここのはなんだか当たりな気がしていた。胡麻豆腐屋さんを目指してぞろぞろ歩く。というか、正確にはオンナどものペースに翻弄されながらオトコたちがついていく、というのが正しい。おみやげ屋はほとんど試食ができて、それもけっこう道の両サイドにあるもんだから、こっちでワー、あっちでワー。出たとこ勝負・ペースなし・気紛れ・予想不可能・長期展望なし、そのような吉野のちょうちょが羽を震わせるとNYの株価が下がる的な偶然性理論満載の脊椎反射直観行動によく文句もいわずついてきてくれました、M瀧・SK原・N井の男子特別参加組。この場を借りて感謝とお詫びを一言いっときたい。
 さて胡麻豆腐・名水豆腐・しめじ山椒つくだ煮・備長炭入り石鹸・お茶漬けにのっけるとウマそうなおかき・陀羅尼助・黒胡麻・葛もち・葛きりなどを購入してそろそろ帰ろうか。Aいちゃん、ところでその杖なんにつかうの?
 じゃあ帰ろう。山は暮れるのが早いからね。丸谷さんという人が作っている名水豆腐をクーラーボックスの中に水で浮かしてうまいこといれて、帰りはすこしとばそうかな。必殺DEVO運転もまぜながらね。
 今回行きました天川村洞川。とてもいいところだった。遠くもなくトライヴァーもしんどくなく、宿は気楽、水・豆腐ほんとにおいしい。旨いコーヒーも飲めたし、町並みもいい。温泉もある。各旅館ともオープンで、これは多分行者さんが多いからだと思うけど、玄関で餅焼いてたりする。この時期くらいまでは鮎もあるし、冬になるときっと行者鍋なんかが食えるんじゃないかな。プライヴェートでも訪れてみたくなりました。桜の吉野なんかよりずっといい。アメリカの報復さえなけりゃ・・・というのが心残りだな。しかしみなさんも是非一度どうぞ。
posted by おれ at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

夏が終わればサンマが待っていた


<夏はヴェランダから終わるんだが秋はサンマが待っていた号>02初秋
<<一昨年の夏終わり号より。


 いや、しかし、抗ってもしょうがなかったね、この夏の暑さ。人間の限界・無力感を強く感じる。外には出る気力が失せる。よっぽとイイおんなかなんか待ってないと、ね。しかし、クーラーの中にばかりいると、なんだかストレスが溜まるでしょう。基本的に汗かくのはすきなのね。こんなとき、なにもかも忘れてしまえるような激しいセックスいいですね。みんなー、セックスしてるぅ。お酒、まあ、飲んでも飲まなくてもいいけど、涼しい部屋でその涼しさがぶっとんじゃうくらいのセックスをする。まあ、そこの描写はそれこそ人それぞれだから、やめとくとして、ふうっ、イっちゃったあとカラダを離し、かいた汗を冷気に引かせる。けっこういい時間でしょう?これって。おれさあ、思うんだけど、なんかこの閉塞感だらけの世界で身近にヒトを解放してくれるもののひとつとしてセックスって結構いいんじゃないか、って思ったりもする。かのイアン・デュ−リ−大先生も「セックスに薬にロックンロール、まったくいいもんだぜ」とおっしゃってる。イアン・デュ−リ−大先生の偉いとこはそんな歌を作ってブロックへッズなんてバンドも作って、それを崇高かつ、かっこいい表現まで高めたとこがほんとは偉いんだけどね。ian.jpg
 しかし、と、かの大先生も云ってるぐらいだから、おれたちもスケベギンギンでもいいし、技巧に溺れてもいいし、ただただ、「いいセックス」をしましょうよ。人は最初も最後も裸だよ。
 思うんだけど、あ、これは前号の続きっぽいかもしれませんが、ジェンダーの溶解に伴って、オトコでなきゃ・・・・なんてことがほんとになくなってきた。にもかかわらず、巷ではオトコだし、とかオトコだから、(とかオンナのくせに・・ってのはさすがにあんまりないかな最近)なんて根拠で勘違いな行動をしてるバカオトコ・バカオンナがまだまだ溢れてる。ほんと、どーしよーもないバカが多すぎるんだけど、もう一回いうけど性差というものは現代においてはもう生物学的性差、つまりセックスにしかありません。ばかはばかなのでしょうがないし、そのばかカップルにはどーぞ幸せに、BGMは「あゆ」だよね、ってくらいしか、いえないけど、そこを曖昧にしてるオトコと今付き合ってる理性溢れるルックスグッドなオンナのこたち、はやいとこ、二股なり三股なりかけるかして、そいつを相対化しとかないと、エライ目にあうよ。幸せを掴むためには世の常識に囚われてちゃまず、無理。その常識の一部をジェンダーも担ってたわけだしね。その根拠(常識とされるもののね)はぐらぐらしてます。もう5年ほどのイノチかも。その時代にハマり過ぎた者は次の時代生きれないのよ。これ生物学の「常識」。
「おとこだから・・」っていい続けないことにはもう「もたん」ちゅーことね。そんなこといい続けないともたないおとこがじゃあ何になるのか?「おとこ」じゃなくなったら、という疑問ありますね。答えよう。
 それは「おばさん」になる。おかまって答は積極的におとこやめてオンナをめざす際の明確な意思に基づく選択。これはりっぱよ。それに対しておとこを志向しながらママとかの手助けも借りながら「おとこだから・・」っていい続けてもダメだった場合、それは足元から「おばさん化」していくんだぞー、という予言をしておこうね。御愁傷様。
posted by おれ at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の終わり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月06日

夏が終わってあいたたた

<<2001の夏の終わりに。異常な暑さだったよ、この年の夏。アタマ狂いながら生きてました>>

 毎年びっくりするね、夏の暑さには。通常の天気予報が終わって世界の天気で各地の最高/最低気温を見てたら、エジプトのカイロの最高気温が37度でアナウンサーが「すごい暑さです」ってコメントをいいやがったが、そのお前のクチは一分前に大阪の最高気温37,7度っていうたんちゃうんかい。地球の裏側みたいな他人事口調やめんかい、って怒ってたおれだったけど、その怒りは1分もモタず、無表情化し、立ち上がり、冷蔵庫へ向かい、缶ビール取り出しプシュッ、グラスに入れるのももどかしい、チョクで喉の奥深く流し込み、あまりに大量に流し込んだためにそれは大量に泡化して苦しかったけど、一旦クチに入れたモノは決して出してはいけません、とおばあちゃんにいわれて育ったおれだったからクチぱんぱんになったけど意をけっして飲み込みその直後の大量ゲップも周りに誰もおらんことをいいことに思う存分できて、さっきのアナウンサーの顔の前でやったろか、などと、おばあちゃんに知れたらえらいことになるが、当然彼女は今天国、いや、いまおばあちゃんのことを「彼女」だって、なんだかケツがカイーような変な気分だが、エーゴでいうと女性代名詞は「シー」だし、「シー」を和訳すると「彼女」に決まってるわけで、なんとアメリカ・イギリス人たちはミもフタもない言語生活をしているのかなんて呆れちゃったが、たばこに火をつけ、もういっちょうビールグイグイ飲みしてみたらやや身体の芯がひえ、少しはましになったかのような気にはなったが、よく考えてみればやっぱりまわりの気温は37,7度なのである。
 参るよね。
 毎年書いてるけど塾は夏期講習というのがあるからほとんど身動きとれないけどライヴもあったことだし音楽ガラミの人生でひさしぶりに昔みたいに楽しかった。昔は夏といえばカリビアン・カーニヴァルだあカメレオン・ナイトだあ脱国境の夜だあラフレシア・ヴィーヴォだあと忙しかった。体力も人気も落ちてるからしょうがないけど、でもひさびさ、そんなニュアンスの夏でしたがキミらはどーだったろーか?最近思うのはね、こんだけ暑いとたいがいのことがもうどーでもよくなるでしょ。すべてに投げやりなムードが漂うじゃない?投げやりとはいかんまでも、なにか積極的に事を始める、とか、あるいは事に抗うとか、そんなことがもうほんとにどーでもよくなる。ただしい人生とはいえんのかもしらんが、しかし人間でいるのがツライというかそんな感じないかなあ。人間でなくなるっちゅうのは一体どーゆーことやねん?と思ってるやつがいるかもしらんので言うと、概念として動物か機械のどちらかに限りなく近付くことだ。人間てもとから動物やんかー、なんていう低能なつっこみヤメロよ。自分が牛やブタだったらヤでしょ。ま、ほんとのところ、その境界線はたぶんに恣意的ではもちろんあるんだけど、ヒト=foodなんてこともあり得るからね。人間はストレートに動物でいることができないから不幸なわけよ、これが実に。ストレートに生きれたらどんなに幸せだろう。それは欲求をストレートに体現することで、そーなると弱肉強食の世界でいつ命が中断するかもしれないわけで大変なんだけど、でもしかし、想像力によるところの恐怖はないからこれが端的にいうと「死んだってハッピイ」ってことなわけですね。いや違うか、「死ぬことがハッピイ/アンハッピイのどちらでもない」ってことね。で、この、人によっては中途半端に備わっていることでそれがとんでもない不幸の原因になる想像力、厄介だ。厄介だと、遅かれ早かれひとは気付く。それに大抵耐えれなくなる。そして人はどーするか。それを制御できなくて犯罪を犯すか精神病に逃げるか、それを全封印してマシーンと化すかだ。おれ、極端なことをいってるって思う?現象としてはそりゃ極端かもしれないが多かれ少なかれ心の中はみんな「somewhere in between」ってことなんじゃないのかなあ。さらに厄介なことに以前だとすべてを封印のマシーン化には終身雇用による現実的メリットがあったんだけど、最近合理化による年棒制導入とか首切り(リストラなんて言葉、コノ世から追放したいね)がどこの企業でも進行してて、このウン十年間の自分のマシーン化は一体なんのため?っておとうさんやおにいさんも激増中。なんといっても失業率5%超の時代だからだ。そのひとたちの再就職の問題もさることながら、その情念は一体どこへ向かうのか?という不気味さの方がぼくは気になる。「おれはちゃんとやってるのになぜ社会はおれのことを認めようとしないのか?」そう簡単に人間は客観的になれるものじゃない。とくに最近の「おれ・あたしだけは・・・」的な、ばかでもなんかできるんじゃないかって思わされてなんかの学校行ってなんかになるべき、なんて成功が結構身近な感じにばか相手には思わせといて、金使わせたあげく、やっぱ世の中そんな甘くなく、誰もがそんな甘い考えで一ケ所に集中するもんだからイス取りゲームでイスひとつにヒトいっばいな状況で結局使ったお金と時間は水の泡、でそれをさんざんアオってたオトナはシラン顔。いい例が「キャッツ ミュージック スクール」。今やどう見ても<J POP>を「真剣に!」お勉強しているとしか思えない様子だ。そもそも音楽というのは「せーの、で習ったりする」ものなのか?クラシックを習う。それはわかる。ジャズの理論を習う。それもわかる。それは過去の音楽家たちが理論化してちゃんと紙に書いてあるものだからだ。そしてそれらはほとんど評価が決まっている、ある意味イッツ ヒストリーだ。だけど例えばドラムのアフターピート(タメのある8ビート)とかバイーアの音楽はサンバの音の組み合わせをどう発展させているかとかマンボの遅いのがチャチャだとか日本のルンバはうそでキューバの本物はどんなんなのかとかクンビアは肩を脱力してノレだとかイギリスとアメリカのロックの本当の違いとか「本当のR&B」とはどういうものを指すのかとか、マニアックになっても通じないからサワリだけにしとくけど、最低でもこんなことぐらいは教えなきゃ「ミュージック スクール」って看板が笑い者じゃないだろーか。先生として行ってるやつだってわかってんのかおれは疑問だ。生徒の裾野を広げるための素材やら目標やらが<J POP>だったとしたら、そんな「悲惨」を拡散すること、しかもお金を取って、なんて詐欺に近い気がするがどーか?閉ざされた国の中の典型的な話ですごく暗くなる。いつだったか、おれも非常勤講師で自主レコードの作り方なんてのを講義しにいったことがあるが、生徒の質なんて、いやーほんとにおれの気分で殴ったり蹴ったりして悪かった、マルタニ塾の生徒たち、これからはもっとやさしくするからね、いやほんと、っていうぐらいキャッツのやつら最悪だった。しかし状況はその当時のほうがきっとまだました。結構ハキダメな専門学校のニュアンスだった。今とかなんだかプライドもっちゃってる感じ。そして「真剣にJPOPをお勉強してる」みたいなのがキモい。それが経営としてもかなりうまく成り立ってて、どんどん江坂で校舎が増殖してんのもうっとーしいことこの上なしだ。
 同様の気持ちわるいことはまだまだある。もうひとつだけ。雑誌で見かけた「アニマルナース」という職業のための専門学校。要するに動物病院の獣医師の補助的作業なんだけど、別にアニマルナースじゃなくってもいいじゃないか。わかったかわからんような言葉で本質をずらすってのもうやめようよ。アニマルナースって言葉になにか夢のような付加価値ある?そんなものさえもないときにただエーゴに置き換えて本質をずらかくす手法って今どきこんなもんにだまされるなんてよっぽどのバカだから、なんというか同情の余地もないけど、しかし、このインターネット万能の時代だからこそ、実は正しい情報がなかなか手にはいんないことを逆手にとるような汚らしい手法にはほんとうにムカつくね。おれはなんだかしらないけど、動物相手のファッション・ヘルス的なものを連想してしまったじゃないか、そんなのって変かなあ。でもそんなのの方が特殊技術の要る「職業」って感じしない?イヌはこうやんないとイカないのよ、なんて解説されると「おー」なんて尊敬しちゃいそうだ、おれなんて。
posted by おれ at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の終わり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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