2006年03月15日

CM音楽に関しての懸念

<<2004年ヒトリツウシンより。その状況はさらに進んでいる。ジミ・ヘンが中途半端にそのモンタレーの映像をちらっと使われたり、なんかそれ単に代理店のバカのちっちゃな自己満足やろ。やめてください。あややがジャニス歌ってんのはなんかまだまし。>>
4.41.jpg 

おれは良くわからないというのが本音なんだけど、代理店のやつらいったいどういう気で過去の歌を3ヶ月クールのCMにつかっているのかってことなんだけどさ。いやほんとはわかってるけどさ。過去っつっても音楽ってものを自分の生きてきた証しとして考えてるおれみたいな人間もいるわけで、前にも云ったことあるんだけど、非常に不愉快である。商品のための映像とうまくマッチする、あるいはなんだかしらないが「雰囲気」な音。過去のミュージシャンがそんなところに使われるなんてことは想定せずに精魂こめて作った音をそんな移り変わりの激しい場で使い捨て感覚で使うのはいかん。いかんぞ、ほんとに。作ったやつ、首絞めるぞ。そんな過去の遺産の「浪費」は犯罪である、と思っ
てるやついませんか。連帯しよう、おれと。あゆの曲や幸田とか森山良子の息子の歌とか使えばいいじゃないか、って思うが、どうなの。今の商品ごときには。60年代・70年代、そして80年代前半の精神世界というのはまず第一にそこに若くしていた人間にしかわからない、そしてこの世界の近代化(養老先生的には都市化)の過程の一回性の(ということは正に一回きりのということよ)すべてが飽和状態になる以前の流動的な世界の話であることをみなさん理解しないことには始まらんわけよ。今おれは単なるおっちゃんの回顧録みたいにならないようにものすごく神経使って云ってるんだけどね。このことは何度でもいいたいと思う。なぜか?代理店のやつらには単なる材料でもおれにとってはそれらは宝物だからです。そしてほんとうはみんなにとってもそれは宝物のはずなんだけどね。おれはその宝物を自分なりに再現しようと思って音楽をやっているが、最近の音楽は音楽しらん子供用の音楽だし、おれが愛してやまない時代の音楽とは切れてしまっているからなのか、レベルが高い方が音楽として辱めを受けるなんていう転倒がそこにはある。簡単になんとかなるとは思わないし、きっとこれからもっとひどい状況になると思うんだけど、そこは昭和30年代生まれとしての人生の一回性ゆえに譲れない。懐メロでもないし、過去のR&Bなんて本当に素晴らしいんだから。おみつのカラオケで最近オーティスやレイ・チャールズ歌うのにハマってしまってることともそれは関係がある。まあ、すごく個人的なことなんだけど、おれと同世代の人間たちはそれを一体どう思ってるのかなあ、と思う。多勢に無勢だし、波風たてないようにしてるんだろうか?好事家の秘かな愉しみ、というようなとらえかたをしてるんだろうか?それとも過去のことはただただ懐かしいだけと無批判にTVCMを受け入れているだけなんだろうか?
posted by おれ at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | music関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。