2005年08月10日

南部をめざせ'03 Hi&Stax

<脱国境音楽家としてメタ・レヴェルからアメリカ南部黒人音楽を見てみる。これしかないねん、というのはそれはそれで認めもしてるし、カッコいいとは思う。ただ世界音楽を経験したあとに、つまり一周まわったあとにHiやStaxの音を聞けば、また別の価値を感じる。メタ・レヴェルというのはそういう意味です。ブラジルやキューバの音楽の完成度と比べても、種が違うから一概に比べられないが、これはこれで非常に高いと思う。ただ、時期的に無性に聴きたくなるよね、というのはカオルちゃん(カオリーニョ藤原氏)とも話したこともある。芳醇な音楽である>



<南部をめざせ'03>
 この時期にこんなタイトル、恒例化してしまいました。なぜでしょう?答はこの時期の湿度でしょうか。いやそうでしょう。六月になって梅雨入りして、じっとしてても汗ばむ季節、いきなりベランダにて、梅雨の一休みな時期にぱんつ一丁でビール飲むなんてのもそりゃーいいんだけど、たとえそんなことをしていてもしなくても、アタマの中で鳴っている音というものがある。音楽に貴賎も上下もないんだけど時節柄合う音というのがある。どーしようもなくね。それはなんつってもアメリカの南部の音といわざるを得ない。普段さんざんアメリカうんこして死ねとか最低とか悪口いってるにもかかわらず、ここだけは良い。まあブッシュの戦争に小泉が賛成したからっつっておれは世界の人々からその一員と思われるのヤだから、というような同じ事が言えて、アメリカ全体がカスというわけでもないのだ。過去のアメリカは「すんばらしかった、特に音楽はね」。盟友カールフィンチ(BRAVE COMBO)だってアメリカ人だしね。ただカスな部分はどんどん増えてるわけだから、その良い(良かった)部分っちゅうのは余計貴重なものとして受け取られるべきだね。
 コクがあってタメがあって、ゆったりしてて(レイドバックなんて言葉があった)しかし、キメはびしっと。豊かさを絵に描いた(?)ような音。重たい空気の粒子がゆらゆら揺れてるような。そして吸った息に含まれる蒸気によって身体の内部から潤ってくるような。
 過去何度も南部を目指した白人ミュージシャンもさることながら、目指すってからにはその目指す先と云う目標があるわけで、今回そのゴールとも言える2つのレーベルのことをちょっとね。
その1.
 メンフィス・ハイ・サウンドはまず、そのドラムの音である。なんといっても。ドッドッというイントロに多用されている、スネアとベードラでもう熱くなっちゃう。そしてあくまでシンプルで重たいビート、オカズもそりゃ必要最低限のシンプルだがツボを押さえた、あくまでも熱を体内にタメにタメるような。オーティス・クレイやO.V.ライトなんていう素晴らしいヴォーカリストのバックでその「ハイ・リズム隊」がシブくもあっつい演奏を繰り広げているわけ。そのオカズにしても、ムダは一切なし。最小限の音数で最大限の効果。現在のリストラ社会のお手本のような、しかし引き算でそうなったわけじゃないという、稀に見るタイプのドラム。意外かとは思うけど、「JAPAN」のドラマーなんかもものすごく好きなんじゃないかな。テヴィッド・シルヴィアンの「JAPAN」ね。最近まぎらわしいな。て、いうか逆にそんな名前よくつけたな、D. シルヴィアン。ま、いいとして、そのハイ・サウンドのテーマ曲とも云ってもいいのが「TAKE ME TO THE RIVER」である。アル・グリーン作のこの超名曲はトーキング・ヘッヅやRCO ALL STARS にもカヴァ−されそのどちらも、「さすが」なアレンジなんだけど、ハイの中ではシル・ジョンソンがやっていて、これもまたまたカッコいいの。リヴォン・ヘルムとスティーヴ・クロッパーがリスペクトをはらいまくって自分達の音を構築する上でのこの上ないテキストともいえるものがそこにはあって、おれも聞く度にうーん、なんて唸ってしまうんですが、どうなのかな、ここらへんってDJのおにーさんたちが注目するにはやっぱヘヴィすぎるのかな、JBのバックもそりゃカッコいいが、この、果てしなく重たい8ビートがおれはたまらなく好きです。
その2.
 スタックスはハイと並ぶ、メンフィス・ソウルのレーベル。残念なことに今じゃどちらも存在しない。ほんとに残念だけど。スタックスはナンパである。ハイに比べるとね。でもそのある種スワンピイなところがナンパならではでいい。背後の空気が見える。「ラストワルツ」にも出てた、ステイプル・シンガーズやドラマティックス、ジョニー・テイラ−と素晴らしいシンガーがいるが、おれが一番興味深いのが、ルーファス・トーマス。娘のカーラ・トーマスはオーティスとの共演で知られるが、この親父の強烈さってない!!!!!!!!!!!!!!!!!
一体このおっさんは「種」でいうとなんなんだろう?ヒトだろうか、それともエイプの一種か、それとも、それらのハーフか?という疑問を10人中8人は持つと思われる、その人間離れしたルックスと異様な動作にほんとにびっくりするんだから。スタックスはハイよりも「ファンキー」でその後のディスコのイディオムとかがそこにはたくさんあるとおれは思うけど、ジョニー・テイラ−の「WHO'S MAKIN' LOVE」なんかを聞くと、洗練されすぎてクソとなってしまったディスコにはないすれすれのカッコよさがあって、ゾクッときてしまう。なんだか、進歩ってのは図らずも一回性であることだよなあ、と思わず詠嘆の感情にとらわれてしまうものだよなあ。

 そしてそんなものを目指して、ザ・バンドやリトル・フィートはがんばっとったんだな〜。そりゃ楽しいよな〜。

posted by おれ at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | music関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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