2005年10月20日

トレッキングon 熊野古道

<<2004のちょうど今頃、ちょうど試験明け。去年もよく働いとったっちゅうことかな?やな>>

「気がつけば熊野古道が呼んでいた」
 三週間連続で働いた。もーやっとれん。この精神・神経の疲労をどうしてくれよう。この二日間の休みは逆療法でハードに過ごそう。やっぱり熊野しかないわけだった。
 古道を歩きたい、と漠然と思った。あたらしやさんは本日も空いていたわけだった。先日の台風・豪雨でR168のあの衝撃的な映像がTVで流れてたこともあり、またR169も土砂崩れありとのことだったので、山道は今回止めよう。こんなときに敢えて「山を走るぜ!!!」なんてやつはばかだ。自然を過小評価しちゃいかん。熊野はヒトの小ささを教えてくれる。こんなことも後白河上皇ぐらい熊野詣しないと「近代」のアタマではなかなか理解できないんじゃないか。都会人の近代にまみれたフヤケ頭じゃピンと来ないかもね。あいにく雨が降ったり止んだりで必ずしも絶好のコンディションとはいえないが、考えてみよう。かつての熊野詣は京都から1ヶ月かかった。その間には考えられる限りの天候を人々は経験しただろうから。行くっつったら行く。これが熊野詣のノリなのだ。
 難所といわれる大雲取越えを歩きたいと思った。スニーカーと滑って転んでもいい服に着替えて熊野川町の
大雲取越えのための入り口から入る。ひたすら雨で滑る苔むした岩を気をつけながら上っていくと早くも汗が吹き出て杉の隙間から落ちてくる雨粒とでTシャツはびしょびしょになる。熊野川町から入ったから実は本宮を背にして歩いていることになる。途中に標識があって那智まで14kmとある。とてもそれは無理だ。しかし、なんとなく距離感がつかめた気がした。足元がおぼつかなくて、しかも滑るから下ばかり見ながらでないと歩けない。結構足きてるから少し休みながら行くことにする。顔をあげれば、前方に木々の間から相対的に明るい空が垣間見える。上りは割りとすぐ終わるのではないか、と錯覚させる。そんなわけないんだけどもね。何度か膝にきて休まざるを得ないことになったんだけど、不思議なことに少し休むとまた歩きたくなる。ふと振り返ってみると上ってるときの視界とは違う。視界は広がり土と苔と木々と岩がなんともシックなコーディネーションだ。空はこちらからは見えず、雨も降っているからか昼なのにとってもダークだ。熊野古道でなけりゃ無気味なのかもしれない。たばこを持ってくるのを忘れたがかえって良かった。また上り出す。上るわけだけど、休んだり下を見たりを繰り返しているうちに、途中から「これは道じゃない」と感じた。険しい獣道という意味じゃなく、いいやたしかに険しいんだけども、身体は確実に疲れてくるのだが、それに伴って脳内物質もピュンピュン分泌されているわけで、方向は違うが、楽にアタマを中世にタイムスリップさせることができそうだった。わかったことがあった。
 一遍聖人が熊野大権現に出会ったのもこのあたりではなかったか。その奇蹟にケチをつける気はさらさらない。しかし、今熊野大権現を目指しただひたすらこの難所を滑りながら歩く者がいる。たった一時間ほどてこの汗とこの膝なのだ。クッションのいいスニーカーもない、草鞋(わらじ)でのこの道は想像もつかないハードさだろう。ここまで一般のひとびとなら出発地にもよるがもう十日以上は歩いているだろう。その疲労と苦痛こそが奇蹟の要因であることがよくわかった。そしてみんなは熊野大権現に恋焦がれているのだから。
 先ほどふと感じた「これは道ではない」という感覚。それも正しかった。何かに守られているのだ。直立する杉の木々と苔と岩と土、もっというと草陰にいる虫や小動物、さらに次の曲り角の大きな杉の陰に潜んでいるかもしれない熊にさえ守られているということだ。そしてそのモノ・生き物こそが熊野大権現の化身ではなかったか。善悪の二元論的解釈をするなら「ダル」という否定的な存在(妖怪?)もある。しかし、それも御愛嬌だ。これこそ、神武東征の時の熊野の毒かもしれない。しかしその時に神武一行を救ったヤタガラスが導いた道こそ、この熊野古道の原型だったのではないか。
 いろんなことがクリアになっていき、帰りの下りの濡れた苔だらけの岩を滑って後頭部強打する想像からも自由になりかけたとき、長く続いた石段を上り切ると道がふーっと平坦になった。
 夢でも見てるのかな、と最初は思った。まあアタマは千年前まで行っとったわけだから少々適応できなくてもしょうがないとも思ったが、目の前の光景がやはりにわかには信じられず、しばらくぼーっとしていたと思う。
 あまりに美しすぎて声が出なかった。それが円座石(わろうだいし)であるのに気づくのに10秒ほどかかったと思う。梵字が苔の中に彫られてあり、これは熊野の神々がここで、談笑した巨大座ぶとんだった。阿弥陀仏、薬師仏、観音仏がその梵字の意味なのだった。ここは果たして天国か、それとも・・。と、その時は素直に思えた。しばらくただただその石を見つめ、完全に身体が回復したのを確認してさらに上り始めた。
 なんだかすごく元気になっている自分がいたが、それから15分ほど歩いて中根旅篭跡までて引き返すことにした。杉木立により軽減されてはいるが、雨が本格的になってきたことと、やはり、きっとワラうであろうこの膝で急な下りはこれ以上上ると自信がなかった。
 下って円座石(わろうだいし)のところまで戻ると声が聞こえて来た。50代くらいのカップルが石のところにいた。初めてひとに会った。向こうが挨拶してきて、思わず「ここ天国みたいじゃないですか」と声が出た。
 足元に気をつけながら降りていくが、膝はかなりのワラい方で途中何度か立ち止まった。たしかに道ではない。何か未来的だと思うし、細長いドームを連想させる空間なのだ。中世と未来がくっつく例はいろんなところで見ているが、その間にある近代という時間帯は人間を結局スポイルしただけだったのかな、という疑問もうまれてくる。きっとそうなのだろう。近代を養護するものは相変わらず無反省に大きな顔で存在する。科学・技術・定理・公式・原理・・・・・・。しかし、確実に人間は行き詰まってしまってる。そこでプレモダンに退歩することは敗北なのだろうか。そうは思わない。行き詰まるような近代を支える前述のすべての事項はゴールではないのだ。常にリニューアルされていくものなのだ。つまり、一番もっともらしい「嘘」というのが近代を成り立たせている根拠なのだ。だから近代は砂上の楼閣であるという仮説は説得力を増すわけだ。
 この、目に見え、耳に聞こえ、肌に感じ、鼻腔に匂うもの、この実感は決して無視できるものではない。
 びしょ濡れになってサーブまで戻ったが、何かしばらく呆然としてクルマのキーを回せなかった。

「参考」ものの本によれば;
 「大雲取越え、小雲取越え」は、また「死出の山路」とも呼ばれ、そこを歩いていると、亡くなったはずの肉親や知人に出会うといわれています。疲労困ぱいのなか、幻覚を見るのでしょうか。昔は行き倒れになった人も多かったらしいです。ダルという妖怪に取り憑かれたという話も伝えられています。
 紀州が生んだ世界的博物学者南方熊楠(みなかたくまぐす)も雲取を歩いていてダルに取り憑かれたことがあるといいます。
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2005年09月26日

第三回トドムンド秋の大旅行para 洞川

<<4年前のトドムンド旅行。なんとアメリカがアフガン攻撃をした日だった。いまだに大峰山童貞ではあるが・・>>

もう昼間、屋根開けても2時間でカオ真っ赤、みたいなことはなくなった。逆に夜うしろに乗るやつには毛布が必要になってきた。しかしまあこれが中庸な気候というもので、こんな季節長く続いてよ。
 さて秋恒例の「第四回酒池肉林トドムンド大社員旅行」が今年も敢行された。以下はスリルと興奮に満ちたそのてんまつの記録である。なお、書かれてあることは事実に基づいてはいるが、その表現としては多少の誇張あるいはデフォルメがなされていること、さらに各人の名誉のために実名は伏せて「かなりわかりにくい偽名」を使ってあることをご了承お願いします。

 11時山田駅ロータリー集合。クルマは今回4台。サーブ・プジョー106・ルノートゥインゴ・そしてマツダというラインナップ。運転手はおれ・SK原・M瀧・Sばちゃんの4名。みんな安全運転でね。とその言葉がこっちにそのまま返されないうちにしゅっぱーつ!と思ったら、13名しかいない。MッキーとBTっちがおらん。また遅刻かよー。すると青のべスパのメット2ケツ組、こそこそと登場。もーおまえらそのままバイクでいけー、という社長命令にもかかわらず、四台に分乗。サーブにA希ちゃん・Aいちゃん。S原のプジョーにたばこ吸う組のKみKみ・Jブさん・BTっち、M瀧のトゥインゴにはMッキー・N井。Sばちゃん号にはMっち・Eりちゃん・KKろちゃん・Mグが乗り込んで出発。
 サーブを先頭に近畿自動車道を快走する。空は快晴ではあるが日射しはやわらかい。昼間屋根開きでもそんなに暑くなく、流れる風とうまい具合に中和されて身もココロもクルマもすーいすい。ミラーに映るフランス車たちのブルーも目にいい。柏原インターで降りて国道に入る。そろそろお腹空いてきたね、ということでケータイで各号車と連絡をとりめしやをさがす。しかし国道沿いのその系統の店、見る店見る店全部ツブれてる。まいったなー。そして吉野へはこのルートではいったことがなく、宿のおっちゃんの送ってくれた地図がバカファックスのおかげである部分にょわーんと伸びており、なんだかよくわからん代物だった。R309までいけばわかるんだけどな、なーんて思ってて、で分かれ道で止まってどっちかなあなんてやってるうちに「こっちかな」なんて入り込んだ道がどんどん狭くなっていく道で、典型的なアウトなパターンで、しかも四台ぞろぞろなわけで、おれは抜けるのも早いんだけど、Sばちゃん号は脱輪危機一発だったと後できいた。いやーごめんごめん。
 昼めし屋をさがす。発見「ほっとほっとママ」。あのさ、なんなのかなあ?いや、ほんとになんなのかなあ。ネーミングって微妙ね。ま、なんか喰えればいいや、ってクルマを駐車場につめこんで入店。しかしいきなり十五人御来店ってのにおばちゃん慣れてないらしく、少しパニックだったけど、こちらもそこは御協力でオーダーを極力簡素化いたしまして、おばちゃんも客のおっちゃんをにわかにウエイター化してそれに対応し、なんとか十五人メシ終了となったわけ。
 さてそのうちぼくの馴染みのR309にも入り、あとはただただ吉野・天川・洞川温泉を目指すのみとなりました。あとで聞いたところによるとプジョーのスモーカーチーム、SK原がノンスモーカーでたばこ禁止令が車内に発令されてたらしい。だはは。吉野川を渡って少しのぼる。途中「松茸1パック千円」に、ついふらふらと誘惑されそうになるがなんとかもちこたえる。いいかんじの路。びゅんびゅん行きたいが、連れもいることだし自重する。オ・ト・ナ・ってかあんじ。ホントはけっこう前つかえてたのね。
 で、洞川温泉に到着。山上ケ岳の中腹にある修験道の行者さんたちの前線基地でもあるここは、ぼくにしてみると熊野のそのおおらかさに対して、密やかで謎に満ちた一画だった。最古の超能力者役行者(えんのぎょうじゃ)=役小角(えんのおずぬ)がさまざまな不思議な力を授かった吉野と熊野を結ぶ大峰山系北端のこの温泉街はそんな霊験なムードに溢れていて嬉しくってしょうがなかったんだけど。まあ、しかし、その、これは楽しさに重きを置いた旅行であるので、俗物化することにし、難し面白い話はとっておこうかな。まあ、晩飯後機会があればね。感じるやつは感じるだろうしね。
 桝源旅館に到着。BTっちの交渉により、一人一万円ポッキリだけど、三つ続きの広い部屋と晩飯・宴会ようの二十畳の部屋が用意されてた。男子四名がこっちのひと部屋、女子十一名が奥のふた部屋ってことにクルマを置いてきたら自然に割り当てられてた。
 とりあえずカラダ動かそう。これは去年の教訓。旅館の私有のグラウンドまでふた手に分かれてぞろぞろ歩いていく。途中、川があり、その水の透明度にびっくり。夏には飛び込みできそうだ。旅館街でも水があちこちで湧き出ていて飲むとうまかった。なるほど。で、とうふもうまいわけだ。キャンプ場を越えてグラウンドへ。まずは野球。ちょっと寒い。インドアにバスケしに行こうということになり、ぞろぞろと移動。体育館に着いたけど、タイムオーバー。なんだかアバレ足りんカオの群れ。よーし、じゃサッカーしよう。広いテニスコートがあったのでそれぞれのエンドのフェンス一区画をゴールにホイッスル。しかし長さが70mほどあって攻めて帰ったらけっこうキツイ。スニーカー持ってくるべきだった。後悔しててもはじまんないから、とりあえずやる。ボールに「たかる」という感じの、うんこにハエ、的超草サッカーだがなんだか燃える。みんなもきゃーきゃーいいつつやってる。燃えるがきつい。しっかしなあんか元気だよなあ。特にMッキーヘディング燃えすぎ。帰ったら労働強化するぞ。

 みんなカラダがったがったになりながら旅館へともどる。こりゃ真剣にストレッチしないとえらいことになりそうだね。喉もカラカラだが「もうメシまでバッタのションベンほどの水分さえもとるべからず」宣言。旨いビールのためね。
 風呂がキャパ5名くらいだというので、女子は二班に分かれて入浴。男子は全員で入浴。二班目のMっちが「誰が一番デカイかおしえてくださいね」「ハイハイ」
 お湯は適温。でもなんだろ、この匂い。結局わかんなかった。でも置いてあった備長炭入りの石鹸がナイスだった。あがって「ビールビール」しかし、オンナどもの二班目がこれからだった。オトコ4人あてがはずれてガックリ。テキトーに洗ってはやくあがってこい。しかし、その声は和室にむなしく響くのみだった。結局おあずけな約20分間を音楽・文学論ですごし、やっと二班目あがってきた。

 食事部屋に移動し、社長の一言後ビールで乾杯。かんぱち・まぐろのお造り・鮎塩焼き(ちょっとかたかったな)あとちょこちょこっとあって、メインはちり鍋。山の中でちり鍋っつーのも変なかんじだが、これは川魚の洗いをなんとかやめさせろというおれの命令と旅館の主張をBTっちが交渉そして妥協の結果。うんまあよくやった。鍋はおいしかった。ハモ・蟹・ふぐ一応おりました。今回酒は大洋盛・越乃景虎・シャブリ・ミュスカデ・アンドレ・サンテニー等。景虎やっぱりうまいねー。いやほんと。宴も中盤となると、各自のペースで飲み食いが深く進行してる。おれは酒・ワイン・酒・ワイン・ワイン・酒・酒・酒・ワイン・酒・酒・酒・酒・っていたってシンプルな感じだけど、ひとによってはさまざまでAいちゃんは酒・お茶漬け・お茶漬け・お茶漬け・お茶漬けだし、Sばちゃんなんて、酒・寝・酒・寝・寝・寝・冷やピタクール・復活・酒・メシ・寝・って感じ。N井は酒・スペイン語・酒・おもろいカオ・酒・なんやそのカオ・酒・おもろいっちゅーねんそのカオ・酒・なんとかしろそのカオ・・・・。だし、BTっちのように酒・酒・おかん・酒・おかん・おかん・おかん・おかんなんてパターンもある。などなど、各自いたって勝手な人生を送っている状況というのがそこにはあって、まあ、それはそれでよし、という以外にないなんてことになるもんな。
 最後に雑炊で締めなきゃ。え、Aいちゃん、まだ喰う?ところがO−157以来、卵は出さんことにしとります、という宿のおとーさんの挑発的な意見に対して、BTっちとMッキーに「どっかで卵ゲッティングしてこい指令」を出す。で待つこと15分。よくやった。7個コーヒー屋にてゲット。トラジャがあるらしいから明日朝いこう。蟹みそ・そこらへんのポン酢ののこり・酒ののこり無作為ぶちこみバージョンのが旨かった。じわじわと夜は更けていく、なんておもったらまだ九時すぎやんか。ノミタリナイやつと甘い系に走ってるやつが縁側に移動してうだうだする時間だ。役小角の奇蹟の数々の話始めようかな、とおもったがなんかちょっとノリがちがった。もうちょっと後で。このあたりからゆったりするやつ、盛り上がるやつ、寝るやつ、ひたすらのむやつ、あばれるやつ、さらにいろいろ。今回の最年少Mグ(18受験生)の毒吐きもそろそろ始まってきた。
 SK原に「なに浴衣の下にTシャツ着てんねん」SK原「だははは」Mグ「脱げや、おまえあたしのこと好きやろ」SK原「だははは」Mグ・18才、SK原・35才。
 ま、とんでもないバカ娘にこれを読んでるひとは思うかもしれないが、ま、その通りです。しかし、バレリーナである。ちょっと踊ってみなさい。そこは長きにわたる訓練というものをやってきたものだけの威厳と美しさがあるわけだよ。浴衣のままでバレエ。Mグ、パンツ見えそーやで。
 「パンツぐらいええねん」パワフルである。「Mグうすいし」んーなことはきーとらん!で、はだけた浴衣でBTっち前へ。浴衣をちゃんとしてもらって、と。BTっち、おかんのまま。
 そうしているうちにカラダ動かしたいチームがうずうずしてきて、しかもさきほどの野球・サッカーでストレッチしないとやばいね、って話になってきた。自分でもこのコリ方だとさすがにヤバいなと思っていっしょにストレッチ。開脚中のA希ちゃんの「マタ」をちょっと拝借しておれも開脚。まわりはブーイング。うるさい!
 じゃあちょっとギターでも弾こうかな、せっかく持ってきたし。ハーモニカも欲しいな、と呟くと、「ハイ」とMっちが袖からだす。どーしてそんなドラエもん?ちょうど日本vsナイジェリアがあってて、パンデイロ担当のSK原は音が鳴り出すと浴衣はだけて叩きにくるが、終わるとひっこむ。あ・いそがしい。「絶対あたしのことすきやろ」Mグからのつっこみにも「だははは」で答え、もひとつ・あ・いそがしい。
 そんなバカ状態が常態化しそうになった頃、それは起こった。
 アメリカがアフガンを攻撃を開始したのだ。みんな慌ててTV前に集まる。あいたたた、だ。言葉もなくなる。現実が一番重い。
 ブッシュが演説を始めてる。知らん間に日本語の合の手が入ってるなあ、なんて思ってたら隣におったはずのMグが立ち上がってブッシュにけんか売ってた。その頃にはおれもだいぶ酔ってて「いかにこれが愚かな行為か」ってことをいいたいんだがクチがまわんなくなってた。今この時確実な殺意をもって誰かが誰かにミサイルを打ち込み、確実な殺意をもって機上から掃射が行われていることが不思議な気分だった。リアリティの欠如ということに対する焦りと苛立ちは、しかしおれの酔いを本格的に冷ますことなくかえってもっと深いところへとひきずりこもうとしている気がした。意識をなくすまえに頭の上に黒いパンツが見えた気がした。殺意のミサイルと18才の黒いパンツに引き裂かれた自分の意識はなにかを確実に象徴していたのだが、それを検証する絶好のタイミングをあざわらうかのように睡魔によって闇の中にひきずりこまれていった。どこにだれがいるのかさえわからないし、直の畳が身体に痛かったが、動けなかった。頭をもたげてJブさんが枕を滑り込ませてくれた。

 翌朝、「ごはん食べてくださいよー」という宿のおかーさんの声で起こされる。ぞろぞろみんな起きてきて、「そーいえばKみKみまたなんかうなされとったなー、寝言で会話しとったぞ」というと、N井いわく、おれもだって、「え、なんかやばいこといってなかった?」団体旅行の危険その1。
 朝メシが用意されている。精進料理の朝メシみたいで納得。行者さんおおいんだもんね。メシ後、人間は巨大な消化管であるから食べたあとは出したくなる。トイレ3箇所、ウンコ希望者いっぱい。団体旅行の危険その2。まいったな。タイミングはずすことにする。池の鯉でもみながらたばこ喫ってくつろぐ。それにしても、アメリカー、なにすんねん。どーも気分が沈む。気分は沈むが便意は盛り上がる。いってこよ。和式で燃えるが足が痺れた。団体旅行の危険その2ーb。
 チェック・アウトがなーなームードだったのをいいことにN井はまた布団の中へ。聞けばみんな寝たあと勉強してたらしい。明日試験だってさ。

 しかしやっぱりいいかげんに出ないと。支払い済ませて、約束のコーヒー屋へ。トラジャはおいしかった。こんなとこで飲めるなんてね。おれも熊野詣でで一番困ってたのがコーヒーだったからさあ。それにしても気持ちの真ん中にアフガンがある。どーも人工的なはしゃぎ・もりあがり、いやおれのことなんですけどね。なんか無理してないと他人から見れば不機嫌としか思えないようなカオになっちゃうのがわかってるからツライ。どこかへ脱走しちまおうか。悩んだあげく、やっぱみんなに帯同しちゃった、結局。鍾乳洞と吊り橋とどっちがいーい?ということになり「穴に入りたい」というおれの意見がとおり、鍾乳洞へ。メインストリートを下る。途中に旨いもの発見。巨大子持ち鮎の焼き立て。人数分はないが、どーせ喰えないでしょ。約二人に一つの割り合いで購入。おれ、ハイエナくんしようかな。そのかわりにね、Mッキーそそのかして缶ビールをパクらす。よし、うまくいった。観光地での万引き、よいこのみんなはしちゃだめよ。

 この鮎はでっかくて、焼き立てでひじょうにおいしかった。ただのビールもね。あと、アメノウオ・さらには受け口のイワナも水槽にいた。旨そうだった。いい気持ちで鍾乳洞を目指す。八幡神社でお参りをして急な砂利道をのぼり出す。昨日の今日だからけっこうキク。15分程かかって鍾乳洞入り口前に到着。ビール飲みたかったんだけど、まだのぼってきてないって。あ、なるほどね。ひと休みして、じゃあいくか。せまあい通路を降りてのぼって、いたってしょぼい鍾乳洞だった。失敗失敗。しかし、高いところにのぼった特権もある。それはランドスケープ。山上ケ岳が見え、ぼーっと見てるとタイムスリップしそうになる。今にも役行者が飛んできそうな雰囲気。のぼった甲斐もあったよね。しかし世間話に花が咲いてるオンナども。もうちょっと放置しとこう。
 30分程して、じゃあみなさん下りましょうか。途中道しるべあり。こっちに吊り橋1kmと書いてある。えー、行くの。行く気満々な、というかもう勝手にどんどん歩きだしてる。下り始めてた男子3名にも引き返すようにいう。
 1kmくらいならいいか、と思ってついていくが、その1kmアップダウンな1kmだった。きついねー。小学校の遠足を思い出す。Mッキー・A希ちゃん随分先いっちゃったなー。なんでそんな元気やねん。ひょっとしてお前ら真性アホか。ま、足腰強いっていいことだけどさ。吊り橋に到着。第一回に行った十津川の途中の谷瀬の吊橋のこと考えるとなんてことはないもんだったけど、あかんやつも何人かいて、そんなやつがいると揺らしたいやつもいて、お決まりの、嬉しがって揺らす、怖がる、手引いてあげる、そんな一往復して、もう行くとこなくなって下りましょうということになる。下りたところに修行用の滝を発見。脱衣場とかあって、そりゃ着替えなきゃいかんのはわかるが、変な気がした。
 今回仕事でこれなかったA美ちゃんと法事で田舎へいってるKいちゃん、そして新婚のKヨちゃんに、そして自分たち用のおみやげを買いにメインストリートへと戻る。おみやげとしては、胡麻豆腐・名水豆腐・陀羅尼助が狙いだったかな。胡麻豆腐は当たりはずれあるけど、ここのはなんだか当たりな気がしていた。胡麻豆腐屋さんを目指してぞろぞろ歩く。というか、正確にはオンナどものペースに翻弄されながらオトコたちがついていく、というのが正しい。おみやげ屋はほとんど試食ができて、それもけっこう道の両サイドにあるもんだから、こっちでワー、あっちでワー。出たとこ勝負・ペースなし・気紛れ・予想不可能・長期展望なし、そのような吉野のちょうちょが羽を震わせるとNYの株価が下がる的な偶然性理論満載の脊椎反射直観行動によく文句もいわずついてきてくれました、M瀧・SK原・N井の男子特別参加組。この場を借りて感謝とお詫びを一言いっときたい。
 さて胡麻豆腐・名水豆腐・しめじ山椒つくだ煮・備長炭入り石鹸・お茶漬けにのっけるとウマそうなおかき・陀羅尼助・黒胡麻・葛もち・葛きりなどを購入してそろそろ帰ろうか。Aいちゃん、ところでその杖なんにつかうの?
 じゃあ帰ろう。山は暮れるのが早いからね。丸谷さんという人が作っている名水豆腐をクーラーボックスの中に水で浮かしてうまいこといれて、帰りはすこしとばそうかな。必殺DEVO運転もまぜながらね。
 今回行きました天川村洞川。とてもいいところだった。遠くもなくトライヴァーもしんどくなく、宿は気楽、水・豆腐ほんとにおいしい。旨いコーヒーも飲めたし、町並みもいい。温泉もある。各旅館ともオープンで、これは多分行者さんが多いからだと思うけど、玄関で餅焼いてたりする。この時期くらいまでは鮎もあるし、冬になるときっと行者鍋なんかが食えるんじゃないかな。プライヴェートでも訪れてみたくなりました。桜の吉野なんかよりずっといい。アメリカの報復さえなけりゃ・・・というのが心残りだな。しかしみなさんも是非一度どうぞ。
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2005年07月26日

<熊野のカミが呼んでるからまたまた行ってきた>

DIAS com Peugeot 309 e AlfaRomeo 75v6milano
<<2000年の初夏かな。熊野詣でのキョーレツなやつは、また次回。これはまあ、かるい方。でも、行った人にしかわからない楽しさに満ちあふれています。読んでるとそそられます。最初の神の国発言は小泉くんの前のバカ総理のもの。このおっさん、ほんとにバカだった。しかし、今もなお権力志向な感じ。自民党は割れるべきである。>>
 <熊野のカミが呼んでるからまたまた行ってきた>

 夢のなかでカミがおいでおいでをしてた。日本は神の国らしい。おれは「カミのくに」だと思うけどね。この違いは重要なのだ。

 今日は日曜だ。明日の夕方までに帰ってくればいいんだ。カミのお告げには逆らえないないんだもん。

 着替えも持たずに軽装で出掛けた。なんとかなるなる。309のガスを入れ、オイルを替え、万全の態勢で豊津は孫田石油から1:30pmに急発進。中環から近畿へ。西名阪さきっちょだけ入って藤井寺へ。

 今回新たにセットしたCDは、1)ジェシ・エド・ジェイムス、2)スラップ・ハッピ−の1st、3)ブレイヴ・コムボ「ナイト・オン・ア−ス」、4)ケント、5)ベレ−ザ・トロピカル、6)もういっちょうスラップ・ハッピ−2nd。なんか「イイ予感」がしてた。クルマの中が一番しっかり音楽が聴ける、とぼくは思う。キャデラックかなんかのCFでCD6枚分の時間ドライヴしましょ、なんてのがあったけど、そん時はケッて思ったけどそんなのに近い感じだった。情況が違う。方向は熊野にセット。ただし、前つかえててもオコらず、それだけたくさん曲を聴ける、という解釈でどうだ?って自分に提案すると、いいね、って自分が応える。おれもオトナになった。

 1)で近畿終了。レイド・バックしてるけどギタ−はアツイ。最近この昔インディアン・今ネイティヴ・アメリカンのギタリスト、かんなり気に入ってる。藤井寺から五条までは2)。そしておれ、イマ、スラップ・ハッピ−病に感染してる。ダグマ−・クラウゼの、それも27年前の彼女に「恋しちゃってる」かもしれない。なんでこんなにカワイイんだろ?おれのど〜もヨワイところを刺激するこの声。いかんいかん。いやいかんこともないか?寝ても覚めても聴いていたい、こんなに女声にハマったのはマリア・マルダ−以来じゃないかな。あ、ブラジルやポルトガルのオンナのヒトはかわいいというかやっぱりすごくうまい。フェイル−スはその浮遊感が現実離れしすぎてる。こんなにかわいいって思ったのは、やっぱりマリア・マルダ−以来だなあ。などとヒトが見たらばかみたいな顔できっと運転してたんだろうなあ。恋をするとオンナのヒトは綺麗になったり肌に艶が出たりと、いいことが表面化してくるのに、オトコの場合、「ふやける」。これってなんだか不公平な気がするなあ。

 さてR168である。何度も走ってるんだけど、やっぱりすべてを覚えてるわけじゃない。目の前の風景はまさにドライヴのBGVとして流れていく。今回結構自覚的によく見ながら走れた。流れてる音楽と運転するという行為のバランスが以前とは違ってたからだろう。R168はやっぱりおれとしては面白い。ただかなり大変な路であることは間違いない。十津川近いところ谷瀬あたりは路がものすごく狭いのだ。この路の狭さというのは改善不可能。両側に民家がぎっしりと並んでいる。そこを自分のペ−スで飛ばすってのが楽しいんだけど、日曜だったからか、谷瀬あたりまでかなり対向車も多かった。「族」的なクルマも以前よりは増えた気がした。一度狭い場所でバカ2人乗りのシャコタン・セドリックとお互いに譲らずに一瞬緊張が走ったりもした。

 十津川を越えるといわゆる「ぐりんぐりんカ−ヴ」下りだし、ダアレもついてこれない状態に突入。3)が佳境に入ってた。今回なんかラテン音楽はセットしなかったけど、ブレイヴ・コムボはどうかんがえてもスバラシイ。ソンナ・バナナのアメリカ大陸のライヴァル(ヨ−ロッパ大陸はネグレス・ヴェルト)は精神を解放する作用のある音楽を延々やり続けてる。おれもそのうち復活するからね。待っててね、カ−ル・フィンチ。

 予定(いちおうたてただけだけど)では次の4)の最中に熊野本宮大社に到着するはずだ。その頃はもう5時過ぎだった。なんだか今回変なのだ。苦痛というかしんどさから無縁で身体も気持ちもすごぉくリラックスしてるわけ。渋滞にも会わず、天気も中庸で、チカラも入らず、ほんとにおれオトナになっちゃったんだろ〜か?なぁんてなんだか少し不安。そんなことを知ってか知らずか、309は軽快にカ−ヴをまるでスラロ−ムのようにクリアしていってる。楽しい。しかし、以前のようなバカ笑いが起こる、そんな楽しさとは少し違うんだ。心のボトム辺りは非常に満足していて、カオはいたってク−ルなのにでもト−タルでいうと、これは楽しい以外にありえない、という情況ってワカルかなぁ?そぉんな感じ。自分の内部のある変化になんとなく驚きながらも、CD情況は4)の3曲目。もう着くよ。こなきゃいかんいかんと思いながらこれなかったこともあり、思わず叫んでしまいました。熊野大社に到着。5:30だった。ピッタリ4時間。予定どおりね。

 階段を昇り、手・口を清め、中へ入り、いつものようにチカラが抜けていき、右手のアマテラスから順番に一礼してお賽銭を放り自分と身近なヒトビトの健康を祈り、自分が関わっていることの発展を祈り再び一礼して全体が見渡せる場所まで下がりただひたすらなにも考えずそこに立って10分程過ごした。帰りに、たくさんのお守り・お札を買って、クルマまで戻った。

 どこに泊まるかそろそろ決めないといけない。湯の峰はもう遅いから晩メシ喰えないだろうと思い、勝浦まで行くことにした。新宮までの最後のR168も快感だった。30台ほど他のクルマを追い抜き、シルビアに乗ってるバカが一名、309をアオルから、わざと抜かせて、Tail to Noseで逆に責めてあげた。

 R42はまたまた空いていて、今までと同様にトバしちゃう自分にブレ−キかけんのが大変。ここはおまわりいそうなんだもん。15分ほどで勝浦に着いたから、今回は「いろは寿司」行っちゃわないといかんなあ、いやいかんなあっちゅうこともないんだけどさ。で、例の激安民宿にチェックインして風呂後さっそく勝浦海岸通りへと歩いていく。いろは寿司のとびらを開けるとおっと本日みなさんお揃いでした。息子も今日はなんか元気な感じ。おかあさんもいた。ビ−ル飲みたかった。中トロと赤身といさきをお造りにしてもらってビ−ルを飲む。今回はいさきの旬だったこともあって何度も「いさき」コ−ルの夜だった。勝浦のいさきおいしいよ。

 なんだかおかあさんの元気がないのが気になった。いろいろあるんだろうな、と思って何も聞かなかったけど、前回強烈すぎたから少し心配。おかあさんというひとは川上邦子さんといって、熊野を舞台・題材にする創作舞踏の先生です。ア−ティストのいろんな停滞っていうのはおれもわからんでもないから、何も聞かなかった。他の客もいたし、地元の二人連れとヨ−ロッパ車の話をして10時くらいには店を出た。「また突然来ます」って言い残して。

 宿に戻って、もう一度風呂に入り、うとうとしてしまった。目が覚めると2時回ってて、あっと思ってTVをつけた。代表のフランス戦が気になっていたのだ。今回はやれそうな予感がしてた。フランスもEURO2000の最終調整段階だし、日本はトルシェの首がかかってるし、やっぱりここでオトコにしてあげないとあかんやろ。結果はみんな知ってる通りです。あれだけで「世界チャンピオンと同格」っていうのは違うけど、トルシェの戦術がやっと形になってきた。ホ−ム・ゲ−ムじゃないほうがいいのかも。今の代表は前回W杯前の不当に高いFIFAランキングとは逆で不当に低いランキングだ。今だったらコロンビアぐらいには勝てそう。ヨ−ロッパでいうならベルギ−ぐらいならいい勝負しそうな感じだ。そのあとなんだか眠れなくなって結局朝まで起きてた。

 翌日。もう帰んなきゃ。でも今回はそれでいいの。朝メシしっかり食べて、新宮へと向かう。中上さんの墓参りをもう一度して、今回はていねいに墓石に水を掛け、故人のやり残したことの何十分の一かもしれないが、きっとやります、と約束してきた。そこから速玉神社へと向かい買い忘れた、お札を買って、ふと閃いた。R169で帰ろうって。

 一度帰ってエライ目に合った路だった。いわゆる「なんでこれが国道やねん!」な路。しかし、なんだかいい予感がしてた。少しは良くなってるはずなのよ。熊野博も去年あったことだし。R168を北上して瀞峡方面に折れるところからR169は始まる。ここから瀞までは未だに「なんで国道やねん」状態。でもこれはおれにとってはこんな楽しいことはないわけで、5速まで容赦なく入れて、トバシにトバス。約20kmこんなことが続き、一車線!の1km以上ある!明かりのない!トンネルを越えるとそこから先はきれいに舗装された、時に一車線部分はあるものの、大抵二車線のおれのためのぶっとばし・ロ−ドだった。それも嬉しいことに、路は瀞峡に沿って作られていて、いつも右手を見ると、そこには熊野ならではの深い緑色をした水をたたえた、上瀞から奥瀞の壮大な風景がそこにはあった。ちょっと本気になっちゃった。3kmのトンネルがこれでもかっていうぐらいあることを除けば、ほんとおれのためにある路だった。次はこっちから熊野に入るのもいいなあなんて思った。一度も休まず走り続ける。なんかとまんないのね、一旦こうなっちゃったら。クルマは少ない。周りは森も水も緑。新緑の季節。天気、はれ。風、弱風。309快調。おれ、ご機嫌。おまわり、いない。いうことなしだった。

 3時間ほどで吉野に着いて、そこからR309を通って走ってたときにお店からTELでMDがならん、という報告を受け、急遽藤井寺まででて、西名阪から阪神高速、Z3をぶっちぎってナンバで下り、日本橋直行し、新しいのを買って、お店へと向かった。何人かには、そのときお守りをあげれて、その後余韻に浸りながら、新御堂を流して帰って塾の仕事をなんとかこなし、ワイン飲んでアホみたいに寝てしまったわけでした。スピ−ド往復だったけど、これは身体が元気な限り続けなきゃいかんことだ、という結論に達した。309ごくろ−さん。猛ダッシュ熊野詣での巻でした。チャンチャン。
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2005年07月19日

Neil Young へ至る道程

<<3年前のフジロック、サーブぶっ飛ばして苗場まで行ってきた。前川君もマッちゃん(ZAK)も来てたんだが、会場内で電話で挨拶、みたいな巨大ライヴ会場だった。まあ、最初で最後かな。ヴァン・モリスン来たらまた行ってもいい。多分無理ね。飛行機乗れんもん。パティ・スミスはぼくには結構最悪だったが、後でいろんな記事読むと絶賛されてた。ほんまかよ。だいたい、オアシスなんかがありがたがられてるところが、ロックは終わったと言われてもしょうがない部分だ。しかし、そんなもんよりももっと助走距離の長いニール・ヤングは、またちょっと意味も体質も異なる巨人である。まあ突然変異な一般的な進化の枠を大きくハミ出た、リアル・ロッカーだろう。今思い出しても、胸の奥がジーンとなってしまう。ゆっくり読んでみてください>>

<Neil Young へ至る道程>
 あの「WELD」で決定的になったハゲがさらに進行してたら(してるだろーな)どーなんだろう。それは、だいぶ、大変恐い状況を若者が大半であるにちがいない聴衆にもたらすかもしれない、という不安があった。個人的にはこんなに昂揚するなんてことは、もう最後のことにちがいない、という確信があって、それはここまで思い入れの強い、未だそのライヴに接したことのないミュージシャンがもういないという物理的なことに由来する。でなきゃ8時間もかけて苗場くんだりなんかいかないさ。お昼すぎには到着しちゃった。
 フジ・ロックの会場は整然としてて、おれの知ってるロック・フェスティヴァルの感じじゃなかった。ごみの分別から路の一方通行からトイレの並びまでほぼ完璧な秩序が保たれていた。なんだか少し恐くなるかんじの整然度だった。それはぼくには自由を失ってしまったロックのメタファーとも映った。そしてそれはその場で一日過ごすうちにある確信へと姿を変えて、ぼくの心の中に重く沈んでいった。 ただし、食べ物はかなり充実していた。考えられる限りのすべての食べ物・飲み物がそこにはあった。いやほんとに何でもあったのよ。何でも。

着く前に心配してたことは二日目のトリであるニール・ヤングは夜9:30start。それまであまり興味のないバンドたちを延々見続けないとニール・ヤングまで到達しない。ホットハウス・フラワーズなど興味がなくもないバンドもいるこたいるが、見んでもわかるくだらん最近のバンドがホットハウス・フラワーズとニール・ヤングの間に三つも入っててそのひとバンドあたりサウンド・チェック込みで1:30という、かける3して、うわ、四時間半もあるやんけー、というある種の絶望感にとらわれてしまったわけなのよ。
 
 これは結構きびしかった。具体的にいうとステレオフォニックス、パティ・スミス、アラニス・モリセットという三組がその間に入っていやがって、でもステレオフォニックスとアラニス・モリセットはすごい盛りアガッとったなあ。おれはもうほんとにほんとにほんとになあんにもおもんなかった。前日はオアシスですごかったというし、もう世も末という気がする。アラニスのバンドはまだ少しマシだったろうか、どーかな、でもそのステレオなんとかとオアシスなんて、ロックが多様化してた時代の一番カッコわりいジャンルの成れの果てだ。コドモにはわからんだろうが、オジサンはだませない。なんかこいつら録音とライヴがなにもかもきっと同じだろうなって思えた。で、お決まりと思える箇所でガキがみんなそろってお決まりのジャンプしてた。気持ちわりいよー。お金が儲かる=コドモにもわかる、そんな安易な音楽は資源のムダなのに。少なくともおれには必要ない。日本とイギリス、よく似た状況だ。しかし、ニール・ヤングのためにはせっかく確保した場所を離れるわけにはいかんのね、これが。
 
 苦行のようだった。苦行と思うほかなかった。背筋伸ばして立ち続けることってないでしょう。おれはないです。腰・背中がたがたになるんじゃないかって思ったけど、でもどっかいけない。しかし、確実に腰・背中はインできてる。忍耐の限界がやってきて、メシ喰いにいくことにした。なんなの、それー。いや、でもこれは後から思えばよかった。なぜか?それはここへ来ているワカモノたち、実はニール・ヤングを知らなかった。だからアラニス・モリセットが終わったら、エッ、なんでなんで?帰っていくの?っておれには理解不可能な出来事があちこちで起こり始め、しめたと思ったおれはするするっと前へ寄せて行き、アリーナではないが一番よく見える中央のフェンス凭れ可、という一等地をゲットしたわけでした。
 
 ニール・ヤングの前に一言パティ・スミスにふれとこうと思う。このオバハン、ファックだった。でも女神を見るような目で見てる若い女のコもたくさんいた。パンク全盛の20年前の情報なんていくらでも操作可能だし、なんにも伝わってこないのかと思うとパンク世代の人間としてはシラケるだけだ。もひとついえばこりゃ、悲しいよな、なあんか。手ぇとか振んなよな。パンクならパンクらしく、コドモ騙しはやめましょう。
 
 そして9:30がやっとやってきた。メシ喰ってる間に夜になって、そうそうこの時のためだけにおれは大阪から650kmの道のりを走ってきたんだから、って自分に言った。ニール・ヤング御一行、ぞろぞろ出てきて、おもむろに始まった。むっちゃ意外な、というかおれは大好きな、「DON’T CRY,NO TEAR」で始まった。なにすんねん、おじさんたち。おもむろと云ったけど、いや、あのね、これがね、ほんとにね、おもむろなわけよ。ビートが異常にゆったりしてるわけ。カウント出してたのは本人だったので、テンポ勘違いってかんじかな、一曲目やし。って思った。しかし、出来は悪くなかった。でもこの選曲ほんとにフェイントだった。シブすぎるよな、ニール・ヤングマニアしかしらんぞ、きっと。そしてぼくの最大の懸念ともいえたハゲ、これもカッコいいカウボーイ・ハットにて解決! ほんと、そーいう手があったよね。ウェルドの頃より少し痩せたね。しかし、そのルックスとその後最後まで変わることのなかったおもむろな遅いビートはぼくにある確信を抱かせることになる。
 
 やった曲を思い付くまま、挙げてみようか。「love and only love」「damage done」「from hank to hendrix」「like a hurricane」「hey hey my my」「rockin’ in the free world」「powderfinger」「sedan delivery」「roll another number「tonight the night」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・涙なくしては聞けんラインナップだった。実際ライク ア ハリケーンとパウダーフィンガーは泣いてた。現実にアルバム聞いて何度も泣いていたことが蘇ってくるというか、かれこれ30年以上のつきあいのなかで本当に何度もあったことだし、しょうがない。何度も何度もぼくもニールヤングによって、彼の魂に深く達することでいろんな危機を現実乗り越えてきたわけだし、そりゃしょうがない。悲しいわけでも淋しいわけでもないがただ泣ける。それはきっとわかりやすくいうと完全な主観、そしてまぎれもなく魂のある場所から湧き出てきたなんの虚飾もない歌でありギターであるからだろうと信じる。そんな歌をおれも作ろうといつか思ったのかもしれない。すごく影響を受けてるなって実感した。孤独というものを恐れず、逃げないで、風に向かって立ち、決して自分でヒロイックという自意識もなく、ただただギターを弾きつづけるニールヤングの姿、これがぼくの彼に思い浮かぶ原風景というものだ。しかしその姿は誰を意識するわけでもないが、これがぼくにとってはただただカッコいい。生ギターとハーモニカのひとりヴァージョンもひどく印象的だった。フロムハンクトゥヘンドリックスとダメージダンが聞けた。そして再びクレイジーホースを呼んでそこからは「LIVERUST」と「WELD」というあまりにも偉大な2枚のライヴアルバムの発展的再現の場がそこにはあった。相変わらずのクレイジーホースで嬉しい。進歩しないことの素晴らしさ、進歩の先がつまんないものであることを本能的に感じれること、そういうのがアタマいいって気がする。自分にだけしかできないことに巡り会ったヒトというのはそこで立ち止まることがイイということだね。変化を求めるっていうのも神経症の症状ともいえるもんなあ。
 
 それにしてもひとつだけ違和感があって大体ニールヤング本人がテンポを出すんだけど、どの曲もあまりにゆったりしている。でもぼくはある時わかった。これはニールヤング&クレイジーホースがもう次の段階に、そしてそれはこれで最後という、段階に入ってしまったということだ。その段階というのは「おじいさんモード」だ。なんか変なふうに聞こえるでしょ。でもおれわかっちゃったんだ。この形で何度もライヴができることを彼らは望んでいて、そのための試用なのだ。ぼくも実際ニールヤングの歳にはなってないのでそこは想像なのだが、単に速いビートがきっとツラいのではないか、とおもった。ただし、これを読んでるワカモノたち、勘違いしちゃいけない。「そんなトロいビートのロックなんてつまんないぜ、そんなのロックじゃないぜ」ってふうに思っちゃいけない。なぜか?
 
 ふつーさあ、速いビートに対応できなくなったときには、そのスピリットまでオワってるヒトビトというのが普通なのである。それでも商売熱心な昔の名前で出ています、なミュージシャンは腐るほどいる。というか、そんなんばっかりである。じゃあ、最重要なものそれはスタイルではなくスピリットであることをよーく分かっている、そしてそのスピリットが決して終りにならないニールヤングのようなヒトはどうするか?
その答えがその異常に遅いビートだということはもうおれにはわかってしまった。スタイルではなく最重要なるものとはスピリットであることを身をもってわかっているニールヤング&クレイジーホースはカタチではなく自分たちのロックがロックであり続けるための消去法を敢行したわけだ。そのために犠牲にしたのが見た目の速さなのだ。「すごい!!」って思った。これは音楽をスタイルでとらえるリスナーに対する「踏み絵」なのだ。
 
 で、現実の演奏はどーだったかというと、これがぶっとい。大ナタ振り回してるような演奏って言い方わかるだろうか?遅さがなんにもマイナスになってないからほんとにすごいのね。うまいやつ4人集まっても絶対できない奇跡の音楽、超迫力の魂の具現化、うーん、言葉がもどかしい。無力やね、言葉。その遅いビートで演奏された濃い密度のなにかの塊は帰りにぼくをして190km/hの速度をいとも簡単に出させた、ってことでなんだかしらないが、そのごっつさというものがわかってもらえないだろうか、と思います。最後「トゥナイト ザ ナイト」で閉めたこと。ギター・ベースむちゃくちゃにして終わったこと、もうほんとにおじいさんになるまでは来ないつもりだな、というか日本に来るのは最後になってもかまわないというつもりだな、ということはよーくわかった。いま見れてよかった。しかしこのタイミングはたいへん微妙だった。こういうの「幸運」ってことなんだろうな。すべてが終わったとき予定を一時間オーバーして12時だった。チカラ入りっぱなしの二時間半だった。

 追記:この日はユーロ・ツアーの締めくくりだったみたい。ユーロ内を20箇所ほどツアーしてきた最終日に日本に寄ってくれたわけだね。それにしてもハードなスケジュールだ、一日前はドイツかでライヴしてきたわけだから。コーラスには奥さんと妹が来てた。なんだかあんまり違和感なかったなあ。ニールヤングのでっかさはそんなとこにも垣間見えた。
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2005年06月25日

<第5回トドムンド秋の大旅行> <第5回トドムンド秋の大旅行>

<第5回トドムンド秋の大旅行>
 今回は河原でキャンプということになりました。水遊びができて、星が見えてなんてことで絞って行って、ほんとは龍神の横をちょっと入った小又川温泉にしよう、と前々から思っていたんだけど、そこのキャンプ場が「もうやっとりません」ということだったので急遽さがしました、九度山どーむびれっじ。連休にもかかわらず、けっこうギリギリなのに空いていた。そこんとこちょっとイヤな予感がせんでもなかったが、そしてひらがなのネーミングがちょっとひっかかったが、ノーチョイス。でも、みんなで行けばそれなりに楽しいはず、と団体行動超苦手なおれとその部下たちが一瞬思ったりするのがこの集団のへんなとこともいえる。
 
 今回の参加者: 
「くみくみ、またはくみこ・・・御存じトドムンドの料理人」
「えりちゃん・・・ビーズ職人・トドムンドにも置いてます。作るシリから、みんなにバカ売れ」
「アイちゃん・・・大学院三年生・いつまでもお勉強してなさいね」
「しばちゃん・・・美人マッサージャ−・トドムンド土曜日夜担当・ゆうべ遅かったのに運転手」
「陽ちゃん・・・くみこ連れ・花見にもおりました」
「ミタキ・・・トゥインゴ運転手・ミュージシャン・阪神のBFでかまぼこ屋をやめたがっているがパパ」
「めぐ・・・前回のこまったちゃん・一年経ってやや成長・人文科学専攻のFカップ」
「サカキバラ・・・106運転手・ミュージシャン・めぐのドレイ・であるがたまに天敵」
「うえのくん、あるいは重たいかばんの男・・・アイちゃん彼氏・かばん重すぎて腰痛める」
「うのくん、あるいは鳥男・・・初参加・謎の人物・不穏な情報あり・アウトドア家族」
「あおみちゃん・・・美容室チェントロスティーレのねえさん・金曜夜担当・酒強し・が遅し」
「まっきー、あるいはまきの・・・平成の無責任おんな・プロペラスタジオ勤務」
「いぬ・・・ミタキ/サカキバラの連れ・初参加・タンバリン・ひと」
「ながい・・・アフロ・もはやジーパンといえないジーパン・おもろい顔99%・かわいい顔1%」
「みっち・・・今回の隊長・最近セックスし過ぎ・アナルは禁止」
「おれ・・・・社長」

 例によって山田駅に11時集合。今回もクルマ4台に16人。あ、けっこうキツキツだね。ま、いいか。じゃいくよ。と、おれのサーブずるっとムイたのを先頭に、みたきトゥインゴのペニス4本チーム、サカキバラプジョー106の一触即発チーム、しばちゃんワンボックスと続いて近畿自動車道を南下。あっとしばちゃん号早くもおくれる。近畿もなんだか飛ばす感じじゃなかったからトゥインゴ・106を先行させて、しばちゃん号を追いつかせてあげる。しばちゃん号には、みっち隊長・えりビーズ職人・アイ大学院生・くみこ連れ陽ちゃんの5人乗り。サーブにはくみこ料理人・あおみちゃん・まきの。そこで、連続車線変更の族ワザを披露する。昔、これやってておまわりが後ろにいて、停められて、怒られたことがあったなー。「にいちゃん、二ついっぺんはあかんわ」だって。でも許してくれた。免許取り立てだったからかなあ。今思えば牧歌的だったよなあ、当時。
 
 4人いっぺんに両手上げたりバカもそこそこやりながら近畿から阪和に入って美原北でおりてR309へ。結構混んでる。まあでも今回けっこう近場だし、そんなに焦ることもない。ゆっくり行こう。R170が、しかし、これまた大渋滞。なんでやねん。前もって、昼メシは極力しょうもないもんを食べときましょう、ということになってたので、放尿休憩も兼ねてファミマ駐車場へと4台強引に乱入。各自しょうもないと思えるものを購入してもぐもぐ。おれはカレーパンでした。
 
 河内長野から橋本へと向かう。この道はそこそこ走れる。さて、橋本で食材購入。オークワであれやこれや買う。バーベキューと鍋のダブル攻撃だから、けっこうたくさん買い物しちゃったね。「ながい、大根おろし器さがしてこい」「これでいいすか」「いや、お前が使うんだし、使いやすいのにしろよ」自分の運命を悟ったながい。鍋があるから翌朝は雑炊かな。おれ号だけ酒を買いに向かいの酒屋へ。ウォツカを買いに行く。2・3本あればいいか、と思ったが、あおみちゃんから「今回ズブロッカ飲み多いで」との忠告あり。うん、なるほどね。計5本買っとく。こら、くみこ、こっそり焼酎買うな。そしてふと違和感がないことに気づく。なんのことか?それはお店のBGMなんだけど、トーキング・ヘッヅの「Take me to the river」が流れてた。そういえば、その前はスクリッティ・ポリッティだったなあ。おれのクルマとそう変わんない。違和感のなさの正体がわかってスッキリ。しかし、変な酒屋だった。

 みんなが待ってる高野口まで急ぐ。そして高野山道路には入らず、まっすぐ行く。30分もしないうちに到着。おー川きれい。クルマを駐車場に停めて、吊り橋を渡るんだけど、荷物はそこのにいさんが軽トラで取りに来てくれる。50mほどの距離なんだけど、にいさん急加速・急ブレーキ・急ハンドルでキイーッとやってくる。さっすが、べっぴん多いからにいさん張り切ってるねー。
 
 手続きをして借りるものを揃えて、所定の場所へ。川の橋の下だった。橋の下といえばぼくの住んでる豊津の橋の下にホームレスのひとびとが5人ほど最近越してきたみたい。一瞬その同一性を思ったが、みんなは「雨が降ってもだいじょーびー」かなんか、喜んでる。事を荒立てない方がいいだろうね、この場合はね。
 
 空はピーカンではないが、雲もほどよく、みい〜んみんみんみい〜んとみんみん蝉が鳴いてる。翻訳すると「やらしてくれ〜」となる。大変だよなあ、寿命も短いのに。目の前の川の水はさほど冷たくなく、白を冷やすにはどーかな、って感じ。赤だったらと思って、6本水につけにいく。あと三千盛超特(これはおれの裏第一位)と浦霞も。おれはどちらかというと、早く鍋をこいつらで喰いたいと思ってるんだが、世界の流れはBBQなのである。反乱も革命も胸に収めることにした。 
 
 食材切ったりする係と火をおこす係に自然に分かれて、けっこうみんなてきぱきしてる。「やればできるじゃないの」。火をおこすのが得意という、謎の人物鳥男うのくんがバーベキュー台の火付けにガスバーナーを持参していた。「お、やるね」で、点火。ゴーー。お、燃えてる燃えてる。て、いうかガスバーナー本体が燃えてる。それ、いかんのじゃないの?うのくん慌てて、消火。裏からガス漏れてたみたいでした、だって。
 
 うのくんデビュー失敗の巻。しかし、それでもなんとか火はバーベキュー台にもかまどにも入り、上からも食材が運ばれてくる。もう勝手にビール飲みだしてるやつもいるし、タンから始めようね。音楽も流れ出して、まあ、いつものトドムンドの延長みたいになってる。おれはまずブーツィー・コリンズとしまちょう=てっちゃんでまあひとつという感じ。サンバにバラ、ヴァンモリソンに椎茸、カエターノにピーマン、チーフタンズにウインナー、さまざまな組み合わせにさまざまな酒がうまいよね。

 シャブリ・ソアベ・ガヴィと白がどんどん空いていく。みんなペース大丈夫?かまどで炊いたごはんが旨そうだった。おこげできてる?めぐが覗いて「表面にぽつぽつできてる」「あ、っそう」「ん?」「それ一緒に炊いた胚芽米の色やで」たのむでしかし、めぐみー。

 焼肉には赤もどんどん空いて、隣の団体が花火をがんがんあげだして、暗くなってきたからいい気分。ミタキの持ってきたジャンベがいい。真ん中はベタッ・ガワはコーン。岸がこれひとつでいろんな音出せるのがわかった。本格的に暗くなって、ランタンの灯りと炎だけが頼りの人生だ。このランタンというやつ。なかなかヒトを思索的に見せる。アホたちの集団が、ほんの少し賢い集団に見えてくるから不思議、ながいでさえも。酒も関係してるとは思うんだけどね。きっと錯覚だね。

 しばちゃんが「わたしちょっと寝ます」と、宴の中央でダウン。昨日遅かったかな。マルタニカズいっとくー。うーん、みんなノリよくなってきたねえ。めぐがジャンベを叩いてる横でおっさんが暴れてる。ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAH・ん・YEAHと暴れてる。飲んだサカキバラはめぐにはけっこう強敵だ。というか、おれはそれを眺めるのがだいぶ楽しいんだけど。生意気いってたむすめがおじさんのしつこい責めに堕ちていく、といったある種のAVを見ているような気になってヒジョーに楽しい。めぐががんばればがんばるほど逆に客観的に被虐感がつのっていき、おれは嬉しくってたまらん。もっとやってほしいなー。ただし、これは普段のサカキバラの必要以上にちゃんとした部分があって始めて成り立つもので、その際はめぐにけちょんけちょんに言われっぱなしでないといけないわけである。そう、けちょんけちょん度が蓄積すればするほど、この飲んだときの逆襲の責めの意味が深まって、ヨイわけである。ま、本人たちはなんもそんなことは思っとらんとは思うんだけど、そこに意味を見い出すのが作家なのである。だからこれでいいのである。
 
 そろそろ鍋いこうよ。ポン酢は土佐のゆずづくし。去年の冬、二日に一回は関大前の家で鍋やってたんだけど、その友がこのポン酢。うまいうまい。もう三千盛超特いっちゃうぞ。うーん、いいね。酒呑みのための辛口、しかしこのボディ、よいですなあ。うめ〜よ。これぬる燗もたまらんのよ。中秋の夜更けにアナタと呑みましょうね、月なんか眺めながらね。なんかみんなくいくいいっとるなあ。これ2本にしたらよかったかなあ。
 
 しっかし、だいぶボルテージ上がってきたね。にいさんの話では夜10時以降はちょっとオサえてね、ということだったんだけど、こりゃ無理だな。ま、怒られた時は怒られた時だしね。と、いうことで、店から持ってきた3000円ガットギターを手にして、ミニライヴ。みんなも適当に何か叩きながらついてくる。呑んでるから声がダメね。ちょっと休憩。もっと呑もうっと。

 ん?背後で不穏な気配。その頃は真っ暗でランタンの灯だけで、この橋の下だけがぼーっと明るく辺りはまったく見えない。「ぼっちゃ〜ん」と音がした。「行きやがったな」あおみちゃんとまっきーが着衣入水。「きゃーきゃー」という声がしてる。行く行くとは思ってたんだけどね。10分ほどして、二人ずぶぬれで帰還。風邪ひくなよ。歯ー磨けよ。
 
 そして再度CDオン。そんなアクシデントもあったからか、なんか火ィついちゃった感じね。叩く・踊る・騒ぐ、という感じ。あおみちゃん、こけないでね。あ、こけた。みっちが膝に乗ってきて恒例の騎乗位疑似セックス。ん・YEAH・ん・YEAHも健在。その時おれの目に飛び込んできた激しい動き。少し酔っぱらってるせいもあって、ん、なんだ、錯覚かな、と思った。おれの腰のあたりで何かが激しく揺れている。それもかなり奔放な、というかパンキーなというか・・・・・。
 
 よく見たら、美人マッサージャ−のしばちゃんが、寝てたはずなのに、身体起こして激しい揺れ。大丈夫かよ、クモ膜下出血ならないでね。しかし、なんという激しい動き。この「美人マッサージャ−の奔放な下半身じゃなかった上半身」は、みんなのノリにおいて、「火に油を注ぐ」結果となり、シューマイ入れんの忘れ、鍋喰うのも忘れ、サカナ喰ったっけなあ、つみれは喰った旨かった、まぐろのヅケも作ろうって言ってたのになあ。ただただノリの塊と化したバカ集団をつれて夜はどこまでも更けていくのでありました。

 翌朝、喉の乾きと頭痛で目が覚めた。ゆうべ、eve飲まなかったもんなあ。となりにはまっきーが寝てた。8:00am。腰もあいたただ。お茶を買いに起きる。お茶を2 缶買ってひとつイッキ飲み、もうひとつを持ってゆうべの現場へ。あ、けっこう片付けられてる。ゆうべは真っ暗で何がどこにあるのか、おれはぜ〜んぜんわからなかった。

 あったま、いてててて。しょうがないからジャンベでも叩く。川では早起き(ったって普通か)の親子連れ、ワカモノグループが水遊びをしている。気にせずジャンベを叩く。マダガスカル・レユニオン島のハチロクの研究をする。海が生んだリズムはやさしく麻薬的である。30分ほど叩き続けて、気がついたら頭痛直ってた。しかし、ハラ減ってきたなあ。みんな起きてくる気配もないしなあ。昨日の鍋を開けてみる。

 うわっ、なんじゃこりゃー。水を吸って巨大化したシューマイが満員電車みたいになってる。だみだこりゃ。雑炊の夢はもう破れてしまった。がっくり。で、バーベキュー台を捜索する。アルミホイルに包まれた物体を隅っこに発見。なんだろう。取り上げてムイてみるとじゃがいもだった。背に腹は変えられんので焼き過ぎですかすかになってるとこを除けてもぐもぐしてみる橋の下。泣けてきそうになったが、こらえてジャンベへと向かう。 
 
 10時くらいになってばかたちがぞろぞろ起きてきた。釣りを始めてるやつがいる。うのくんいきなりパンツ一丁で入水。さらに何人かも入水してる。隊長、水中放尿やめなさい。いぬとみたきも引きずり込まれてる。いぬが犬かきしている。そこへあおみちゃんが近づいて頭を水中へ。ハナっから朝メシつくる気などないやつらたちである。食いものがどこにあるかわからないから、特に外部のやつらはこの辺ごそごそできないしなあ、とおもって、発見した梨の回し食いをオトコたちにすすめる。
 
 そのうち朝メシ製作できるひとびとも起きてきて、雑炊が消えたことから「どーしょーか?」と話し合う。とりあえず、米はあるので残りの野菜で味噌汁作って、あ、そうだ、焼そばあったな。野菜を切ってきて火を起こして焼そばをおれが作る。あおみちゃん、いきなりビールですか。でも、おれも飲もう。となりで鍋かけて、ごはんも炊いて、と。卵が残ってたから味噌汁に入れたり、ぶっかけたりして、なんとかなるもんだね。おこげが旨かった、今回。バターしょうゆでいっときました。
 
 一応1:00にでなきゃいかんことになっとったみたいだけど、ここはけっこうそーいうとこルーズでありがたい。シャワーを浴びたり、借りたもの返したりしてとりあえずバンガローというか、掘建て小屋というかそのB-3とB-2へと引っ込む。
 
 寝、に入るもの多数。「奔放な下半身じゃなかった上半身」のしばちゃんが隊長をあんま。おれもこっそり近づいてケツを揉む。「あ、指増えてるー」「わかった?」普通の社員旅行なら完璧なセクハラね。B-3でオンナたちがスーピーしてる頃、B-2ではみたきたちが音楽中。マルタニカズをやってた。コードが違っててどーも気持ち悪いので修正にいく。なんだか、盛り上がってる感じ。デヴィッドボウイやったりマルタニカズに戻ったり、ジャンベとバンデイロとアコギでけっこういい感じ。外のベンチで寝ッころがってぼーっと聞いてたら、みい〜ンみんみんみい〜ンと相まってなんかよかった。。
 
 なんだかんだぐずぐずして結局4時までそこにいて、ええかげんにせ〜、っちゅう感じで九度山を後にしました。また来年も行こうね。では陛下、最後にひとこと。

「来年度も、皆と、ともに、いづれか、良き、場所へと、行くことの、できるむね、きぼう、します」
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2005年06月15日

横浜国大へGOGOGO!!!!

  IN FAKE日誌(横浜国大へゴーゴーの巻)<<一部書き足しております>>

 久しぶりの、関東の大学祭で何かしらないけれど妙に盛り上がってしまうんでした。ひょっとしたら5年ぶりぐらいだなあ。あの時の法政のオールナイトは凄かった。メンツも凄かったが、時代の空気というか、まだ未整理のままの音がとりあえずギミックなしでトビカッテイタ、とそんな印象があるんでした。未整理のままパワーで押し切ってスタアになってしまった近藤等則。じゃがたら、ブレイクダウンもいたな(いまでは踊るポンポコリン)。AD−IFも当時はトンガッタ クールでハードなJazz/Funkをやっていたんでした。2年後にビル・ラズウェルとのライヴで千里にやってきた近藤氏に---あ、あの時の法政の、、一番かっこよかったよ、あ、あなたVo.だ。----などと言わしめるほどのものだったんでした。ライヴ中に喧嘩があったりして。
 
さて、時は流れ、90年。AD−IFは脱国境音楽。横浜でウケルかな? 
 11/9、12:00、車がぼくん家前に到着。友野が運転してる。隣に松ちゃん(イマをときめくエンジニアのZAK)、後ろに本地(HONZI)、最後列は空いている。とりあえず本地の横に着席。出発してラッパ隊2名と急遽、車移動となったチン・ポクサイことかおるちゃん(ご存知カオリーニョ藤原大先生)を拾いに阪急茨木へ。中環を通って茨木で3人を拾う。名神は茨木−京都南間渋滞。かおるちゃんの意見により京滋バイパスを通る。

 茨木3人組、プロレスの話で盛り上がる。ぼくは、最近、そっち方面は少し醒めているので、つかず離れずのスタンスで話を聞いている。長洲が元気な頃は、ほんとにワクワクしたんだがなあ、等と考えながら。しかし、FMWの大仁田のエロチック/グロテスク路線は多少気になるところだ。気狂いじみたデスマッチの数々や、女子プロレスと小人プロレスも一緒にやっちゃったり、男女混合ミックスダブルスのようなタッグマッチまでやってるみたいで、プロレス自体が、日本の文化の中で決して正統にはなりえないにもかかわらず、それに無理やり求心性を持たせ、更に異端の道を行くという、ダブル倒錯野郎である。こうなったら男女混合だけじゃなくて、男・女・小の家族プロレス!をやってくれ。等など、バカなことを考えていたら、こらこら、全然すすんどらんじゃないの、前に。京滋バイパスはガラ空きだったが、その手前の1号線がえらく混んでて結局時間をセーブできたかは不明のまま、とりあえず名神に突入したんでした、ぼくたち。
 
 あいにくの雨で、しかも車がレンタカーでさすがの友野も運転しづらいみたいだ。未だ破られていない、誰も破ろうとも思わない、東京−−大阪、4時間の大記録を持つインテリ・ア職人兼AD−IFベーシストは、おとうちゃんは某放送局報道部長、おじいちゃんは大作家と絵にかいたような中流家庭のトリックスターを演じ続けながらも車の運転はピカイチなんでした。とりあえずZEPELINをBGMにジミーペイジのギターを しながら順調に東上しているように見えたんでした、ここらまでは。ぼくらが東京まで車で行くときによく立ち寄るうどん・そば屋が某パーキング・エリアにあって、どうして某なんていうの?うどん・そば屋くらい教えるのケチんなよ、とあなたは言うかもしれないが、実はぼくらも記憶が曖昧で、というか、一度止まるはずじゃないP.Aに何となく止まってしまったら、そこはレストランもなくて(工事中)、きたねえうどん・そば屋しかない状況でしょうがなくそこで食べた天ぷらそばが大ヒット、ということなんでした。だしが、イン ビトウィーン関西&関東で一度食べたら忘れられない味、なあんてそんな大袈裟なことはないはずだ、しかし状況の味というか、高速走ってて食う天ぷらそばとしてはベストなものがあったはず。

 議論の末、ここだ、と決断して乗り込んだP.A.が見事にすべったんでした。みんなそれぞれ、かなり迷った末、なにがしかのくいもんを買っているんでした。ぼくも、負けずに、「みたらし」と「かんぼこ」を買い、食ったんでした。満足のいくものではなかった。天ぷらそばが遠のいた時点で、我々の欲望を100%満たすものはもう存在しないわけで、ベルリンの壁が壊れたものの本当に欲しい物は手に届くもうちょい先にある東ドイツ市民と同じく正に資本主義的状況におかれてしまったんでした。腹が立って松ちゃんにそそのかされてさらに購入した「じゃがべーくん」の油で胃をいためてしまったんでした。これが第1回目休憩。

 友野の運転で東へ進む。名古屋を越える。おれたち脱国境音楽者だもん。名古屋ぐらい余裕で越えていく。ここにいない、北林純、シーラ、確実オギノ(アース・ウインド&ファイターズ)、せいいっちゃん(山村誠一・スティール・パンのバンドをやってる)はあす横浜へ。せいいっちゃんは仕事先から。残りの3人(これが問題)が果たして時間どおりに来るのか?なんせ、明朝6:32新幹線である。ここでの問題児はシーラ。オキレルンデショーカ?仮にそこを腫れた顔でクリアしたとしても、新幹線は"新"横浜にしか停車しないという事実。ぼくの心を暗くする。更に、もし万が一、北林純が3人の中でリーダーシップを取ったとしたら。ああ、「さむいぼ、とりはだ、戦慄」である。北林純が迷った末にこっちだと指をさす。半信半疑で2人が後に続く、当然目的地には着かない、それまで抑えていたシーラがしだいにヒステリックになってくる。それでも北林純は自分の間違いを認めない。シーラのイライラ度はピークに達してる。オギノは何かを感じて離れ気味に後をついていく。さすがに北林純も自信がなくなってくる。シーラの方を恐々見ながら、「ちょっと、間違えたみたいやなあ。」と、弱気を口に出した瞬間、ででででた、、シーラ「FUCKYOU!!!」

 あああ、やっちゃった。「FKJ B;AOIE.KJJ、H.KJBKKJBJH;RPOTOI ASS HOLE!! HCVIGRE/L.,MCJKCK;ASLMCVBH$'&)'&+*?####,V FUCK YOU!,MCXVLJKD」北林純には、こんな風に聞こえ、つまり意味はよくわからないんだけど、だから罵倒されてるってことだけがようくわかって、強者には弱いが、弱者には強いこれもプロレス者の血に火を点けた。女にそんなこと言われちゃたまんない。「おれだって北林バンドを仕切ってるんだ。」「若い女と付き合ってるぞ。」「離婚の修羅場をくぐり抜けた男だ。」あまり関係ないことでも自信のつくことなら何でも自分に言い聞かせ気付いた時には、「シーラ、ここまで来ておれと勝負しろ。」オイオイ。北林の張り手、パンチ、キック、全部空振り。シーラ、運動神経いいんだもん。プロレス鑑賞暦20年のプライドは完璧に崩れさり、その後は、、、そう、おわかりですね。キョーキ、狂気の、凶器攻撃!・・・・・・・・・・・・・・・・・ベンチ投げるわ、バス停振り回すわ、魚屋の包丁で刺しまくる!肉屋のミンチ機でつぶす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ほとんど年中着てるクリーム色のジャケットを班に血で染めて、ドラムを叩くときのほら「あの目」で只一人で横浜国大へ。ぼくらが「あれ、シーラは?」と言おうとした瞬間、机のうえに放り出すシーラのつるつるの足「一本」。ホラー映画を地でいく北林純・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ぼくたちのバンは第2回目の休憩へ。浜名湖である。ガソリンを入れる。当たり前のことだ。その当たり前田のクラッカーが、後でえらいことになろうとは・・・・・・・・・・・・

 約4名がチューチュー牛乳を買ってチューチューしている。チューチューでしか飲めない牛乳が売ってあって、牛乳好きの松ちゃんが早速購入、そして、なにをかくそう、ぼくをはじめ3名もそれに続く。しかし、「チューチュー」「チューチュー」の間にも魔の手がAD−IFメイン部隊の行く手に迫りつつあることに誰もまだ気づいてはいなかったのだ。

 浜名湖P.A.を出発。今回はこやさん(バブルガム行って、あとはどーしてんのかなあ)が運転。異変は、そう、突然やってくる。おそい。なんか、遅い。どんどん抜かれてく。こやさんはブイブイふんでるんだが?誰かが呟く。
「この車、ディーゼルちゃうか?」
「車検証、見てみろよ。」「あららあ、」
「それって,まずいんちゃうん?」
「エンジン、焼きついてまうで。」
「どうなんの?」
「廃車。」
「止めろ、止めろ。」

 ディーゼル車にガソリンという、GSのにいちゃんのあってはならないミスの為に我々は、東名高速上で立ち往生。不幸中の幸い、出口に近い。しかも下り。
「みんなで押そう。おれは、記録を撮るから。」
と、いって、VIDEOカメラを手にする。いいじゃん、くだりだもん。そんなに力要らないでしょ。ところが、なんか、車が動かない。なんで??下りのはずが、のぼってました、実は。錯覚!錯覚!まいったなあ。とりあえず、頑張って車を安全なところまでおす。友野と松ちゃんが道路公団にTELしにいく。
「ふたあけたら、軽油って、かいたるやん。」
「あいつ、中卒やで。絶対。」
「だはは。」
「晩メシの中華料理はどうしてくれる。」
「ああ、横浜の中華街が遠のいていくう。」

 車がビュンビュン飛ばしていく。大阪より暮れるのが早いので、5時すぎというのに真っ暗で、ランプがやけにきれいだ。誰も深刻な顔を,実はしていないのが可笑しい。なんかハイなのネ、みんな。確かに、目の前の情景は盛り上がるモノがある。イイよね。高速。
 
 しばらくして、道路公団じゃなくて、スタンドの人がやってきてエンジン洗浄、軽油満タン、高速代タダ、鰻100匹(食えない!これはうそ)と言うことで許してあげた。いかにも、モウカッタというのが、現実でした。この方法は使えるよ。ちなみにGSはそういう失態が道路公団にバレるのが一番ヤなんだって。
 
 トラブルにもめげず、11時に無事に横浜に到着したんでした。横浜ビブレに出演したことのある、旧AD−IFメンバーはしきりに懐かしがってる。しかし、またここで、問題がもちあがった。チン・ポクサイ先生の部屋は予約していない!さて、どうするか?
 
様々な解決方法が議論に上った。(カオリーニョ藤原大先生はとてもショートである)
1.ツインの部屋(むっちゃ、狭いと思われる。)にエクストラ・ベッドを(もしそういうものがあれば)いれてもらう。
2.松ちゃんがパパで本地がママでかおるちゃんを幼児にして、情に訴え無理やり入り込む。
3.こさやんの腰付近からかおるちゃんが生え、シャム双生児として、一人料金で泊まる。
4.カウンターのむこうにいる、フロントのおばさんからは、かおるちゃんは見えっこないので、堂々と泊まる。したがって、こういう議論自体無意味である。
 
 さて、私達はどの方法を取ったでしょうか?とにかく無事に宿泊したんでした。
 その部屋というと、これがなんともいえない、せまきたなくさい部屋であった、というだけにしておきたいんでした。ぼくとしては。あんな布団のがら、すごい久しぶりに見たなあ。
 
 さて、翌朝、9時だよ、全員集合。国大へ出発。国大のスタッフから送られてきた、ファックスの地図を頼りに走り出す。こいつが判りにくい。でも、なんとか目的地に接近する。途中でG.S.のおじさんに確認したところ、
「この道、真っ直ぐ行けば、横浜国大って書いてあるよ。メクラだって見落とさねえ。」と、問題発言。
 
 っちゅうことで、目開きのぼくたち、見落とさず無事到着。案内されて、駐車場へ。隣がパンタ率いる、西部警察、違った、頭脳警察。西部警察のパンタさんですか?って言ったら、シバかれるかなあ。ということで10分程、話題騒然。きっとシバかれると思う。

 控室は「近田春男とビブラストーン」と一緒。ここでも「バイブラストーン」で盛り上がる。アホかな??オレタチ。そうこうしてるうちにバイブじゃなかった、ビブラの人達到着。ぼくたちのCD「エンドルフィン」のエンジニア杉山がいつもはミキサーをしてるんだけど今日は来ない。ベースの沖山氏と軽くお話。アーバンダンスの成田氏と今は亡き「六本木インク」に見に来てくれたこともありました。でも近田さんは初見だったので、挨拶。杉山が以前にCD渡してくれてたこともあって、
「きみたちがそーかー。」
と、大袈裟に驚いてくれる。トミーに、こさやんがぼくを紹介してくれたところ、
「あ。しってる。」
とか、いいだして、アセル。バナナホールで見られてました。3年前に。あれは、確か、前のメンバーが辞めて、2週間位で、ライヴだった。なかなか大変だった。しかし、びっくりしたなあ、もう。トミーはグラスをかけてると異常にかっこいいんだけど、とるとなかなか、目が笑える。わりとシツコイ奴だそうです。
 
 出演が2番目なので思いっきり、リハ迄時間がある。そういえばハラ減ったよなあ。っちゅうわけで学食へ。しかし、はっきり言うと、国大の学食は朝っぱらから、かなりの充実を見せていたんでした、ホントニマッタク。定食屋然としていた、と言えば分かってもらえるかもしれないんでした。はらいっぱい状態でもどってくると、いたいた。オギノにせいいっちゃんにシーラに北林純。シーラはバラバラじゃなく、一体でした。ヨカッタヨカッタ。顔はおもいっきりはれてたんでした、しかし。
 
 最後の方に出るバンドからリハが進行している。シーナ&ロケッツは別人がリハを敢行していたんでした。なんでも、完コピできるバンドがいるんだって。なんということのないロックはそーゆーことできるわけね。ぼくはそんなのヤダね。第一、他人が出来るわけないもんねだ、オレたちの音真似。

 頭脳警察、FOOLSときて、AD−IFの番になったんでした。ステージは横はそうでもないんですが、奥行きが異常にある特設ステージだったんでした。ステージ上でビデオを撮ったりして遊んでしまうオレたちはヒンシュクを買うわけです。ふまじめ。他はエライバンドばっかりだったんでした。

 パンキー・ズーク・ビートを軽くぶちかまして、さっさと終わる。なあんか、やりにくいなあ。後ろまで、遠いんだよな、なんか。フリクシヨンの事務所のヒトがVIDEOをとってくれるって。ありがとうございます。それとは別に本日のライヴはVIDEOとなって、発売されるということです。そういえばやたらめったら、カメラがあるんだな、これが。ステージ上にもブレンビーが4台、いるいる。どーせならぁ綺麗に撮ってよね、あたしたちのこと。

 本番まで、後1時間。この国大の野外音楽堂はすり鉢状になっていてなんか巨大なアリ地獄というか、野ツボ(失敬!)というかそんな感じがします。その野ツボの(ヤメロ!)へりをぼおっとして歩いていたら、ン?見たような顔があったわけです。イワサキだ!京都ミューズのライヴをぶっちして以来行方不明となっていた岩崎が出現したんでした。今は、映画「帝拳」をプロデュースした、荒戸事務所の見習い社員をしているっちゅうことで、お前も頑張れよ、俺たちもがんばります的な話をするしか無かったわけです。とりあえず、ぼくのビデオを撮ってくれるように頼んだんでした。結果を言えば、案の定、やっぱり撮れてなかったんですけど。だいじょぶかね?そんなんで。映画会社でしょ。一応。
 
 さて20分押しで、本番スタート。「近田春男とビブラストーン」のステージです。本番前に結構マジにミーティングしてたのには少しビックリ。FUNK&GOGOでぶっ飛ばしてる。ラッパ隊上手いなあ。しかし、そういうアメリカン・ブラックの音より、ラテン系、ワールド・ミュージック系の音楽の方が高い技術を要するっちゅうことをキミは知っているか?そーなのよ。これは覚えておくべし。
 
 無事、ビブラが終わり、いよいよAD−IFの出番となったんでした。ステージ袖は寒い。早く暴れたいよう。サウンド・チェックが終わってまだかなあ、と思っていたらまだなので、ドラム台に腰掛けてくつろいでいたら、突然「ピィ−−−ッ」とホイッスル。

 松ちゃんからの「はよやらんか」コールでした。そうだったの?しーません。んじゃ、いくぜ!一曲「LUPIN」ラッパ隊、快調。ビブラに負けてへんどー。テーマからカオル・ソロへ。このふわっと浮く感じいいよなあ。しかし、カオルちゃん座ってるから、前で踊ってる奴からは多分見えてない。マジック・ギタリスト。熱くなって、もいっかいテーマへ。最後のキメも気持ちいい。続いてすぐにラッパ隊のブリッジから、GOGOへ。おっ、せいいっちゃん、いい感じ。北林純との不仲説も解消されてボクはうれしい。

 「ツカレテルノニタツッ」連呼のあと、今最も、リキ入ってる「疲労天国」。ラッパ加入でこれは良くなった。ビバ・ラ・メレンゲ!快調!とおもっていたら、ブチッ!ACCIDENT WILL HAPPEN。弦切れちゃったじゃないかあ。ばかあ。「ありにんげん」のソロものこってるのにぃ、もお。無理矢理、気を取り直して次へ進む。

 「スキニーパパ/ロコ」。ぼくは、ギターもう置いちゃってる。すねてないもん、べつに。でもひかなきゃいけないとこあるんだった。咄嗟の判断でヴォーギング・ダンスで誤魔化す。でも後でビデオでみたら、これが変で可笑しかった。皆さんにも一度お見せしたい。サルサ大会がおわって、佳境に入ってきました。
 
 「土曜を逃げろ」中盤のフラメンコ・パターン。燃えたもえた。ラッパ隊も、細かいフレーズ、バッチ、グー(こりゃフルいね)!「あり」へ。あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、くろびかりしてるつよそうだろだけどほんとうはよわむしなありにんげん。踊ってる奴の数はビブラの時の半分ぐらいか。でも一人ぼくの目線の先にいるいる、いいオンナ発見。ブス10人よりもいいオンナ1人、量より質だ、質!ぼく、あなたのために心を込めてうたいます。泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。っちゅうことで「ありにんげん」彼女は終始ニコニコ。おかしいな?5弦のぼくはここぞとばかりにフリーキーなソロ。オレハ自由だ。5弦なので「赤道太郎」を削って「ハッカー1/2」で締める。

 松ちゃんの横でよそのバンドのエンジニアがえらい勢いで踊りまくってる。そう、踊んなきゃ。ぼくもコップの水を蒔く。ビートに合わせて花火が上がり続けてる。歌詞にぴったしハマッテル。国大のスタッフ、ありがとう。始まったときの明るさは闇に犯されて、もうそのかけらすら、なくなっている。真っ暗だ。照明で身体が熱い。花火は更に打ち上げられ続いている。上へ。前へも。局は中盤カオル、生ギターソロから、ルンバへ。脳内物質、ピュンピュン、アドレナリンもガンガン。声なんか、潰れていいと思う。つぶれろ!パンキー・ズーク・マシーンと化したAD−IF10名、強力!!世界はおれたちを中心に回ってる。心臓が止まってしまうまで、このビートの中で暮らしたいよう。頭ン中のモニター・スクリーンは次から次へと画像が切り替わる。赤ん坊の笑い顔、太陽の紅炎、砂漠の兵士、女の唇、シャンゼリゼ通り、バイブレイター、子供の頃に遊んだ草原、競馬放送、自分の耳、パジャマ姿のサダム・フセイン、パンスト履いてる高校生-------------。自分の中で、音楽を越える瞬間だ。この感じをもう一度体験したくて、多分またライヴをやっちゃうだろう。最後のリズム隊だけになるところ。せいいちパーカッション、むっちゃ、シャープ。ラッパ隊へのコールだ。眼が合う。いくよ。
 
 ウノ!ドス!トレス! クワットロ!

  おわり
posted by おれ at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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