2005年10月21日

DS9

<<2002の秋号より>>

 2年半関西TV系でやってて突然の打ち切り。そしてさらに2年半待って、スカパーで第6シーズンから再開したDS9が無事最終第7シーズンを終えました。いやー大変だったなあ。6年越しってことだもんなあ。VOYAGERが突然地球に帰還しちゃったのと比べると、ドミニオンとの勝ち目のない戦争を背景にしながらも「遊び」がいろんなところに散りばめられてて見ている側としてはいろいろ楽しめたなあ。全員が素顔で出てくるエピソードや(大サービスだと思うが)、パラレルワールドでは全く別の役柄を与えられてたりとか、なんだかやりたい放題で、しかしスタートレックシリーズの中じゃ最もオトナなシリーズだったなあ。トーンはあくまでも暗く、しかしその中に暗闇ならではの光沢のある金属がシブく光ってた、そんな感じ。恋のエピソードもオトナ同士だったのが良かったなあ。それにしてもアメリカにはいいアクター・アクトレスがわんさといるねえ、とTVドラマを見てるとつくづく思う。男優ももちろんいいが、セブンやジャッジア、そしてキラ中佐なんてほんとに素晴らしい。キラちゃんなんて、最初の超無愛想な顔から最後の慈悲に溢れた表情まで、演じるなんてことはこんなに顔のバリエーションが必要なものなんだと思わせてくれる。やっぱりコドモ向きである最近のハリウッドからの映画に出てるやつなんかよりずっと素敵な男優・女優がTVドラマに出ていると思うんだが。俳優を見る目のあるスタッフそして現場があるってことはなんていいことだろう。もちろんかけもちだってあるし、キャリアはどっちから始まってもいいんだけど、それだけ層が厚いということでしょうね。「プロファイラ−」のサムなんて素敵すぎるぐらい素敵な女優で、ただそんなに若くないけど、そんな人たちの活躍の場、それがTVドラマであるとするなら、なんでこんなにアメリカのTVドラマが面白いのかって理由はそこにある気もする。日本のドラマってこりゃもう悲惨なものだけど、そう考えてくると舞台やってるやつの中には時に唸るようなやつもいるこたぁいるけど、ちょっと話題になるとトークショーなどに出たりして本業がおろそかになったりするような構造的なものもあるんじゃないかな。セブン役のジェリ・ライアンなんてほぼ完璧なオンナの人だが、そんなちゃらちゃらした番組でアホな司会者と下衆な話してるとこなんて想像できないもんなあ。実際は知る由もないんだけど。 次は「もっとも現在に近い22世紀のエピソード」である「エンタープライズ」シリーズがすでに始まっている。アメリカでは第2シーズンに突入しているらしい。それにしてもジーン・ロッデンベリーの頭の中から生まれた「スタートレック世界」も四つのシリーズが完結してしまった。そのなかではぼくらのいるアルファ宇宙域から始まり、ワープ技術とワームホールのおかげでベータ・ガンマ・デルタ宇宙域まで既知の領域が拡がった。そのそれぞれが実は別の宇宙なわけで、それは宇宙物理学の知識の拡大とシンクロし、さらにそれに夢が加わるという、それはNASAの圧倒的な情報に裏打ちされているとはいえ、アメリカのそっち方面の文化のものすごさってのを感じずにはいられない。現実の宇宙開発でいうなら、月面到達も実は嘘だったという話が信憑性を帯びてきていて、これ以上先に進むことの非現実性にスタッフが二の足を踏んだともいえるけど、ジーン・ロッデンベリーのあとを受け持つリック・バーマン、マイケル・ピラーのその頭の中、これはぼくたちすべての人間にも言えることだけど、それこそが実は宇宙なのであって、その中身にどこまでも踏み込むことこそ、そのどこかに存在するワームホールを通って別宇宙まで到達できるのだ、というパラドックスこそ、「スタートレックの精神」じゃないかとぼくは思うんだけど。ds.jpg
 ちょっとマニアックだけど、ぼくの好きなボストンのハードボイルド作家ロバート・B・パーカーといえばスペンサー・シリーズなんだけど、そのTV versionがあってそこでのスペンサーの盟友ホークがベンジャミン・シスコ大佐だった。なんのことかわかんないかな。だからマニアックって云ったじゃないか。
 しかし、スタートレックシリーズのいいところは2回目の楽しみというのがあって、それは終わったハナからもう一度最初から見直すっていうことなのよ。VTRがある限り何度も楽しめるわけ。まだまだトレッキーをやめるわけにはいかんわけね。スターウォ−ズのいかにも大衆を相手にしたわかりやすさ(あんなものは既成の物語の拡大宇宙版だと思う)も思考停止しちゃったヒトビトのための娯楽としてはそれはよし、だと思うが、その裏街道をいく、より科学に寄り添ったスタートレックはその細く険しい道を開拓している、これがほんとの「最後のフロンティア」だ。まあ、スターウォーズ的な、どこの社会にも存在する伝説をモチーフにすること自体は悪いことではないけれど、なんにも知らないコドモとかからはスタートレックに至る道というのはいかにも遠いなあ、とため息が出る。自分はマニアックなつもりはまるでないのに、一般的にみるとやっぱりマニアックってことになるのかな。楽しいことだけを追っかけてるつもりなんだけどね。うん、やっぱりマニアじゃないぞ、おれ。
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2005年06月23日

Bee-ボーグとの闘い

< BATTLE AGAINST BEE-BORG>
 最近、ベランダでよくハチを見るようになった。でも別になんちゅーこともなく、ただ「おるなー」と思ってた。ハチぐらいいるよね。で、ぶんぶんぶーん、ハチがとぶー、なんて悠長にこころのなかで歌ってた。

 ところがある日、ベランダの、隣とを隔てる間仕切りに巣を作ってたのを発見した。けっこうな大きさ(テニスボール大)になってて、けっこうみなさん集まってて、「我が家」化しつつあるということがわかったから、悩んだあげく、トングで取って2階へ放った。2階の人めーわく。

 それで一件落着だってその時は思った。一週間ぐらいは忘れてたし、かつてのハチたちの我が家は根っこのようなものがあるだけで「建て直し」のニュアンスは感じられず、しかし、ハチはたまに飛んでいて、まあ飛ぶくらいだったらやっぱりいいだろうって思ってた。
 
 ある日買い物に近所のスーパーへと出かけた時となりのおばあさんに「ちょっとちょっと」と呼び止められた。
「ハチがすごいでしょ」
「そういわれればそうですね。ぼくもこないだ仕切りの板にできてた、ハチの巣処理しましたよ」
「いや、おたくのパラボラのふたつあるうちのうちから遠い方に巣ができてて、こどももいっぱいいるのよ。なんとかしなさいよ」
「えっ、ほんとに?」
 
 急いで家に戻って見てみてびっくらこいた。ぼくの側からはちょうど死角になってる凹みいっぱいにソフトボール大の巣がもうぱんぱんにできていて、4・50匹のハチがそこにたかってた。こっちが本家だったのか。そーゆうのをみるとまずおれは「かい〜く」なってくるんだけど、その時はそれを通り越して、「さむ〜く」なっていたのであった。

 こうなるとノーチョイス。お引き取りいただくしかないじゃないか。で、どうしようか?まず殺虫剤かな、と思った。しかし、薬屋が水曜日で開いてなかった。どうしようか?そうだ!!!泡ハイタ−はどうだ?なんとなくヒラメいた気になって買いに走った。帰ってトングを持ち出し、ちょっと戦慄だったけど、ガキッとつかんでグキッとひねって取った。数十匹のハチが飛び出してきた。何匹かは我が家と運命を共にする気のようだ。2階へ。

 そのあと泡ハイタ−による攻撃を開始した。お願いだから反撃はやめてね、と祈りつつ。その凹みが泡だらけになっていた。おれとしては殺意はないんだけど、ただどこかへ行って欲しいだけなんだけど、多分2・3週間そこで暮らしてたわけだしね、ハチにしてみたら。その「寿命」を考えると、その我が家はもうかなり住み慣れた我が家になっとるわけで、ふと冷静になるならこの露地の立ち退き勧告もなしにいきなり鉄球による実力行使に及んでるわけで、新世界のカラオケ屋台の強制撤去だって、「やるよー、やるよー、ほんまにやるよー、やっていいかなー、いいのかなー」なんて通告が数カ月あったりしたわけだから、おれがやってることは暴挙なのかもしれないな、と思う。
 
 しかし、それでフィニッシュしたつもりだったのだが、イヌはひとに、ネコは家に、なんていうが、ハチはかつて我が家のあった場所に・・だった。数匹で飛び回っているのを目撃し、その度に追っ払う意味で泡ハイタ−攻撃をしていたのだが、それにもなんか飽きて、ほらもうフィニッシュのつもりだったからさ、一週間ほど経ったある日、ふと予感がしてベランダに出てみた。

 かつてあった本家の方は何もなし。じゃ分家は?と目をそちらへやって「あ」だった。巣の再構築が行われていた。まだピンポン球大にもならないが確実にそれは出来つつあり、そしてその今はまだちっちゃな我が家に6匹のハチがたかってたというかくつろいでたというか、とにかくそこにいたわけ。何か作業をしてるようにも見えた。Borgだ。その様子はボーグの機械的な作業を連想させ、「我々はボーグだ。お前たちを同化する。抵抗は無意味だ」というあのメッセージが聞こえた気がしてくるじゃないか。その途端、そのハチの巣はボーグ・スフィアになったというわけだった。ここらへんトレッキーでない方々にはよーわからんと思うが、ボーグの恐さとその社会構造のハチとの類似性は映画「スタートレックファーストコンタクト」を参照してね。

 それでこちらもピカード及びデータ化せざるを得ないわけだった。おれの泡ハイタ−はこの瞬間からフェイザ−になった。ハチ自体にはなんにも恨みはないんだけどね、人間たちがめーわくしてるからしょうがないんだね。ヒューマニズムなんてこの程度のものなのよ、みなさん。

 でピカード及びデータ化してしまったおれは別につるっぱげでも白塗りでもないんだけど、泡ハイタ−を構え、一撃・・・あら、一撃・・出ない。しまった、<止>になっとった。

 ボーグもハチもこちらから何かしない限り、まずは襲って来ないわけで、これはまあ助かったんだけど、<出>にしてもう一回巣に狙いをつけた。「FIRE」と心の中で唱えながらピユーピユーピユーとまずはスフィアを泡だらけにする。するとスフィアを守ろうとする隊と、そこから離れようとする隊に別れた。離れようとする隊は三匹こちらに向かってくるでもなく右往左往している。慎重に狙いを定めて一匹一匹泡だらけにしていく。少々泡がかかって失速してもまた持ち直すから、こっちも半端な気持ちではできず、けっこうアッツくなってしまっているのだった。躊躇がいかん。そしてトングでグキッとやってまた2階へ。

 未練があるハチたちをまた泡だらけにしていく。ふと、気づいたのだが、このハチ攻略に「効率」を考えている自分がいてびっくり。アウシュビッツの執行官と同じじゃん。生命を奪っている自分に嫌悪感も覚えつつ、ベランダを泡だらけにして、殺戮は終わった。もう二度とここに巣を作らないように痕跡をていねいに消して、気分はすごく悪かったんだけど、すぐに忘れてヨーロッパ選手権のVTRのセットにかかった。
 
 何度もいうがこれが厳密な意味でのヒューマニズムであり、ヒューマニズムなんてこの程度のものなのよ。
posted by おれ at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | startrek | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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