2005年08月08日

今日までの命?

<<小泉氏が総理になった人気絶頂のときのヒトリツウシン。2000年。まさに本日すべてを失うかもしれない彼だが、90%の支持率という変な状況から始まったことは覚えてるかな?でも自民党が間違いなく崩壊へと向かったことは功罪の功のほうなんだろうな、ただもう一回政変がないと改革のスタートラインに立てないというもどかしさはなんとも言えない。次の総理、岡田君かもしれないが、説明に誠意がある人間が望ましいね。さてどうなることだろう>>



<小泉新総理のこと>
 アツイひとというのはよくわかる。ただ90%の支持率っちゅうのがおれは気持ちワリイ。多様性が機能しなくなった社会のテスト・ケースとしてはあまりに予想通りでおれはなんだか恐ろしい。政治が身近な気になるというのは貢献なんだろう。ただテレビに映るという区別のなさにおいて、政治家にせよ芸能人にせよ、それをとりまくゴミみたいなひとたちにせよ、それらすべての現実的な境界がもう溶けてなくなっちゃってる、というのがぼくの感想です。ひとつだけ確実に云えることはそこには美意識のカケラもない、ということ。メディアに関わってるひとたち、こんなんでいいの?ほんとにこんなんでええんか、オマエら。
 一見多様な風なカオでテレビ番組は成り立ってるフリはしてるけど、実は巧妙に見てるひとたちを多様なものに反応できなくし、そして結果、多様なものが存在できないという社会を導いてはいないだろうか?いませんか?この大衆・情報化社会ではそのチカラ大きすぎる。さらにみんなが有効な批判性を持ちえてないから問題の根は深い。批判性をもつべきオトナは身の回りのことに追われてるし、批判性をもってもその意見が掬いとられないコドモは自虐的・暴力的になっていく。これは非常に悲しいことだね。絶望一歩手前な状況ね。おれは政治そのものより政治的なるものを憎んでいるけど、ま、そんなやつもいる。
 小泉さんの真価が問われるのはこれからだし、これは冷静に見守んなきゃいけない。ハンセン氏病のドラマチック大逆転控訴断念はパチパチだったけど、これから構造改革に着手したあとの処理でのクールさと優しさがポイントではないかな。酒の趣味は〆張鶴の純なんていってるからこれは趣味いいぞ。おれとおんなじだもん。
 しかし、靖国神社への公式参拝にこだわるところに小泉さんのすべてが凝縮されているとぼくは見ている。感情的でもあるが計算もみえる。アマチュアリズムもある。この国を覆っている安易で程度の低いナショナリズムを計算してるのかな。それよりもその問題に感情の先走りがかんじられる。靖国神社は難しい。それは靖国神社がもとからあった神社ではなく、第二次大戦で命を落とすことになるであろうひとびとのためにわざわざつくられた神社という性格をもっているためだ。神社裏の人目につかないところにはこっそり大砲とかも飾ってあったりする。日本という国は延々続いているわけではなく50数年前にまったく別の国になったことを自覚し、外にも説明しなきゃいけない。その断絶が良くも悪くも今の日本って国をつくってしまった。中国とか韓国とかはその断絶を認めていない。っていうか、それは被害者の怨念だし、だから日本の政治家の失言を耳をすまして聞きのがすまいとしてる。中国なんてアヘン戦争でえらい目に合わされたイギリスにはそんなこと一っ言もいわんでしょ。日本はある意味、加害者であることにもう何か耐えられんみたいな心情をうまくつかれてる。天皇のために死んだひとびとの命を奉った靖国に参ることがその戦死の根拠(つまり国=天皇のために)を認めてしまうことになるのかどうか、それはぼくにはうまく云えないが、そこを心情的に押し切りたい小泉氏は感情的でアマチュアだと思う。アマチュアは悪いことじゃないけど。
 オヤジぽくない首相は珍しいからがんばってもらいたいとも思うが、その人気がある種今の状況にハマリすぎてることが気になる。
posted by おれ at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 一国の首相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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