2005年06月20日

プジョー309とアルファ75との日々

DIAS com Peugeot 309GTi
   e     Alfaromeo v6 milano
 
 309車検である。ということはあと2年のるつもり?と自分に問い掛けてみる。
今回、問い掛けおおいですね。離れがたいものもある。この小股の切れ上がった走り
、捨てがたい。ガラス・サンルーフだって好きだしなあ。荷物もたくさん積めるしな
あ。サイズだってちょうどいいしなあ。ひとがよくいうあのノッチバック、よくブサ
イクといわれるけど、おれには今やかわいいケツに見える。まあ心の中で乗ると決心
した以上、VOU GOSTAR MUITO DE VOCE de novo(
gonna love you one more time)なのだ。ちょっと心
が動いたんだけど、やっぱりキミが一番だよ。ぼかあ、キミといるときが一番しあわ
せなんだ。ぼかあ、キミを死ぬまではなさないぞ、と突然、加山雄三化してしまうわ
け。となればブッシュ系ゴム類などもおニューにして、と、本格的に可愛がるわけよ
ね。

 こないだちょっとバックシートに座って、シートの良さに自分でもびっくりした
。後ろはほとんど人が座ってないし、すばらしい座りごこちだった。廃車するときで
もバックシートとっぱらって誰かに足つけてもらってソファーにしようかなって思っ
た。エライよなあ、フランス車。おれ、シトロエン乗って以来、乗りごこちオタク化
もしてるよなあ、と自分でも思う。
 
 さて最近乗ってないアルファはどーか、といいますと、今パワ・ステオイルが漏れ
ててそれを直さなきゃ。順番があって、309の車検が終われば修理に出そうと思っ
てる。
 
 今、309の代車がまたまた日本車来てんだけど、あまりにも絶望的な気持ちにな
るから乗ってない。あまりにあんまりだ。ステアリングのくるくるぱーさ加減がびっ
くり。もういややー。
 
 とかいってたら309帰ってきた。期末テストであんまり乗れてないんですが、雪
が降る前にちょっと遠出したくなってきた。どこがいいかなあ、なんて考えてると楽
しい。でもこれも309あるいは75で出掛けるという前提があってこそなのだ。ぼ
くのイタフラ二刀流クルマ人生ももう五年以上になるけどできるだけ続くといいなあ
。今なんてFFとFRだから、それにMTとATだし体調と気分で駐車場行ってから
どっち乗るか決めれる。

 こんな幸せなくってよ、と自分に言い聞かせる。ほんとだね
、ママ。と前時代的少年口調にも思わずなってしまう。冬はヨーロッパ車は元気だ。
夏はぐったりしてるけど、特にアルファはね。ミラノ生まれだからしょうがないんだ
けど、血筋はいいぞ。本家アルファだぞ、Fiatの養子になる前の。

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2005年06月19日

*体操のおねえさんたちに関する考察その1

*体操のおねえさんたちに関する考察その1

 こうなってしまったのはいつ頃からだったろう?

 本質的にブルマ−好きとかじゃないのよ。誤解はいやだからいっとくけど。
 身のこなしが好き。それはいえる。身体はきっと柔軟に違いない。
 最近はけっこうケバいおねえさんもいる。アンドロイドっぽい。笑わないもんね。
 三人が最後にスススっと集まるところなどなぜかたまらん。「誰か」のためにやってるような気がする。誰やねん? 
 おっさんの指示に従うところはおれはちょっと困ってる。なんでそんなおっさんの言うこときくねん!って、ひとりひとり聞いてみたい気がしてる。
 なんか弱みにぎられてんの?おとうさんか誰かあのおっさんに多額の負債があるの?って。
 いまどきのむすめにしては異常な従順さに何かウラを感じてしまうのだ。ウ〜ンなぜだ?考察はさらに続く。
posted by おれ at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 体操のおねえさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月17日

<<考察:飲み屋としてのTodo O Mundo Numero1>>

《飲み屋としてのTODO O MUNDO numero 1》
 さて、飲み屋である。TODO O MUNDOは11pmからは飲み屋なのである。では「飲み屋の定義っちゅうのは何か?」
 あるとき、よう来る客の某ワカモノがケ−タイで「ほら、いってたやん、あのウメダの飲み屋よ」と、この店のことを喋ってるのを聞いてちょっと気分を害したおれだったんだけど、そいつの言う飲み屋と、おれが云ってる飲み屋というのは少し違ってる。コロナ・ビ−ルしか飲まんようなヤツが「飲み屋」などという言葉は使っちゃいかんのだよ。ばかめ。慎みなさい。「飲み屋」ではサケを飲め、サケを。飲めなくても飲め。おれが云ってるサケっちゅうのはだな、スピリッツをロックで飲むとか、カクテルでもいいけど飲む意味があるサケを飲めっちゅうこと。ここはテキサスじゃないんだぞ。ビ−ル複数注文禁止令を発しようかともおもってます。ウソだけど。でもね、せっかくいろんな種類があるんだから(おれの好きなモンばっかだけど)他所で飲めんもんをぜひ飲んで欲しいと思う。

 例えばピンガ、ブラジルの荒い砂糖きびのサケ。これで作る「カイピリ−ニャ」。例えば、タラモア・デュ−、アイリッシュ・ウイスキ−。例えばロン(スペイン語でラムの意)サカパ・センテナリオ。例えば、チリ・ウォッカ、ナッツ・ウォッカ、チェリ−・ウォッカ、ズブロッカ、またはそいつらをブレンドした「ワルシャワの月」というカクテル、または音楽好きなら、ニヤッとせずにはいられない「レッド・ホット・チリ・ペッパ−」なるカクテル。

 弱い人にも大丈夫なものもたくさんある。ピ−チ入りラムのフロ−ズンとか、弱けりゃラム少なめにって言ってくれてもok。意味のあるサケというのはこういうものを指す。おれの中ではだけど。メニュ−になかったとしても、レシピ言ってくれたらできる。そして酔っ払って少々失礼ぶっこいてもそんなやつならおれはユルス。二階の座敷でいびきかいて寝ててもユルス。

 同じビ−ルでも、日本一旨い地ビ−ルである独歩とか、新しくでた、ドラフト・ギネスとか、こいつらはほんとにおいしいから入れてるのであって、飲まない手はないぞ、皆の者。いや ほんと。コロナになんかカッコ良さを感じているイナカもんはどっかでス−パ−ドライに「ゆずぽん」かなんか入れて飲んどけ。
 
 メキシコの人々ごめんなさい。あなたたちになんの罪もないのよ、ユルシてね。
 さて原点に立ち戻ってみよう。自分の好きな酒場(TODO O MUNDOとは「和洋亜現古未来折衷酒場」である)は自分でつくるしかないねってことでこさえたお店ですから、自分だったらこうしたい、というのはある。
 
 夜の11時すぎにふらっと一人、または女ヅレ、または会話が熱くなれるような同性と来る。そしてお腹はそんなに空いてはいないから、初めはまだ何も頼まず独歩のデュンケル(濃い方)かドラフト・ギネスを注文。メシと一緒に飲む訳じゃないから、イッキ飲みはしない。よく焦がされた麦とホップを味わう。重たい水。そして飲んでるうちになんか口が寂しくなってくる。オイルサ−ディンまたはチ−ズの盛合せなどを頼む。するとワインが欲しくなる。シャブリ!と見栄をはりたいところをソアヴェにする。あ、でもこっちの方が辛くて実は気分だった。めでたしめでたし、と勝手に喜ぶ。チ−ズといわしをクルミバケットに「のっけ」で口に運ぶ。あ、気がついたら、ソアヴェのデキャンタがもうなくなってた。もう少し強い酒が欲しくなってくる。どうしようか、と思いながら、お店のネエさんに相談する。

 ネエさんはテキ−ラなどはドウカ、などという。すこし意外な気がしたが、よくよく話をきいてみると、テキ−ラくさくないテキ−ラがある、という。あ、そう。じゃ、それイッテみようかな。レモン・トゥイスト添えで。

 TwoFingersというブランドらしい。飲んでみる。ほんとだ。するりと喉を通過していく。そしてやっぱり最後にはテキ−ラの匂いが舌の奥にのこる。でもうまい、これ。もうひとつ頼む。ラテンのサケを飲んでると、どうも欲しくなるアテがある。それはフル−ツである。で、なんかないか、とネエさんに尋ねてみる。

 マンゴ−とパイナップルぐらいならできる、という。じゃあ、ソレイッテミヨ〜、と自分でもびっくりしたけどカルクなってる。ついでにこんどはパンペロ(ラム)も頼む。パインとパンペロってのはナイス・ミックスだ。なんかナミナミとパンペロが注いであって、ネエさんに「アイシテルヨ」と心の中で呟く。どんどんナミナミ度がアップしてくるのがいい店の共通項だ。そして、ついにズブロッカを頼んでしまう。

 不思議なことに一瞬このサケは頭を冴えさせる。ラテンのサケのおかげで身も心もアミ−ゴ・アモ−レ化してしまったバカ頭に「しゃきっとせんかい!」とワルシャワの造船労働者の厚さ1インチ・ムスタァシュおやじから「かつ!」を入れられたみたいに一瞬冴える。ジュ−シ−なフル−ツと、とろとろのウオッカの組み合わせが、本日のどの組み合わせとも違っていることをわかるほどの味覚的理性はのこっている。とろとろのウオッカを直接のどの奥のほうに注ぐ。トイレに立ち、階段急やねん、これが。上までもうちょっとのところでつんのめり、しかし、そ知らぬ顔で帰ってくると、「大丈夫ですか?」とはネエさんの発言。

 バレてた?木造家屋は音がよう響く。ちょっとアシにきてるかな。でもこの酔ったボケ頭で考えたことは少なくとも、このクソ現実を支配している概念よりは高尚だし、言わば別の進化を経て辿り着いたもうひとつの宇宙のようなものだから、それが泡と化しちゃうか、何か希望の光の糸口にするかはそのひとしだい。最後にうまいマンデリンを入れてもらって覚醒して、クルマぶっ飛ばしてか〜えろっと。ごちそうさま。
 
 さて、今みてきましたように、いい酒飲みというのは、酒ならなんでもよく、また、ただ飲み続ければいいというのではなく(それはアル中)あるサケがちょいと求めるアテがあるでしょう、そしてそれがひとつの満たされた状況をつくる。すると、そこに安住するときだってあるが、そこから別の展開も見えてくる。体調がいいとそうなる。そして別のサケを飲む。するとまた別のアテを求める自分がそこにはいる。そしてさらに別のサケを、、さらにアテを、サケを・・・・・・・おもしろいのはその状況の展開度数は回を重ねるごとにそのワ−プの度合いが1・・・3・・・6・・7・・そして最大ワ−プ9ぐらいまで行っちゃうこともある。話も(というか思考も)それにつれてどんどん拡がっていく。

 「さっきあんなこと考えてたのに、なんで今こんなこと考えてんだ?」
 「さっき地球にいたのに、なんで今デルタ宇宙域にいるの?ねえどうしてどうして?」
といった思考における star trek voyager化現象といわれる(おれがいってるだけだけど)事態を生じることになる。でもね、
 「ここから地球までは何万光年もあるよ〜、え〜んえ〜ん」
って泣く必要もないんだもん。30分ぐらいで帰れるよね。その、サケとアテと思考の「トライアングル・いたちごっこ」こそが酒を飲む醍醐味である、と強調いたしまして、本日のレクチャ−を終わります。 
 TODO  O MUNDOにサケ飲みにもきてね。もちろんメシも旨いんだけどさ、時間差攻撃をお待ちしております。
posted by おれ at 16:01| Comment(0) | TrackBack(1) | Todo O Mundo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

《お初天神周辺、都市のフォ−クロア> あの「モナリザ」は何処へ消えた?の巻

《お初天神周辺、都市のフォ−クロア》
 あの「モナリザ」は何処へ消えた?の巻

 あれはいつのことだったんだろう?一度絶対に行ってみて至近距離で確かめたかったんだ。そしておっちゃんらに混じって一曲ぐらいは歌ってもいい、なんて覚悟もできてたんだ。で、あれは一体いつのことだったんだろう?ある日、ホ−ムレスのおうち仕様で出現し、そしてなんのことわりもなく消えていくなんてひどいじゃないか、幻の店「モナリザ」。理由を考えてしまう。これはしょうがないっすよ、モナリザのママ!
 で、おれが考えた理由;
 1.あまりの低料金のため、やってけなくなった。
   そう、異常に安かったみたい。コ−ヒ−いまどき250円とか。なんか、やきいもを勧められたとか、で一旦座ると身動きとれなくなったとか、覚醒時なのに金縛りにあったとか、なんでそんなことが2・3ケ月で「伝説化」してしまうのか、不思議だ。
 2.ママの顔が、やはり、普通じゃなさすぎた。
   さっきもいったように至近距離で確かめてない、っちゅうことがこの説の確信を妨げる材料である。やっぱり失神者続出だったんだろうか?
 3.ママは仮面をかぶっていた。
   そして器用に、外の人間と顔が合う時は、仮面を付け、客に向かっては、素顔で接していた。その素顔というのは・・・・・・・ああ、恐くて書けない。
 4.ママは仮面をかぶっていた、その2
   仮面をかぶっていたが、それをとったら「また」同じ顔だった。客は90%発狂。
   う〜ん、有り得る、気がする。
 5.化粧の時、ノリがよく、思わず目の数を間違えた。
   眼球が動いてるとこ、見たぁ、ねえ。やっぱ、あの顔は一種のボディ・ペインティングのバリエ−ションだったんだろうか?
さまざまな憶測が流れる中、モナリザはあの路地から何時の間にか消えていった。しかし、キミら、この事実を知ってるか?モナリザのママは一度トドムンドに来ていた、っちゅうことを。すごいだろ。おれはいなかったんだけどね。いたかったよ〜う。

 <<注釈が必要である。トドムンドの路地の東、今は「あん」という店になっている辺り。「モナリザ」という店が突然できた。いや、ほんとにそれは「突然」できたのだ。昨日なくって今日あったのだ、というくらいの突然さだったのよ。その店の成り立ちといい、内部の様子といい、終戦直後か、今は?とタイムスリップしそうな「びっくり度」だったのだけど、それよりもなによりもそこの「ママ」である。おれは「あのように強烈な顔を持っている女の人」にはその前もその後も出合ってはいません。片桐はいりとかむちゃふつーである、それに比べると。どんな顔?って思うかもしれないが、もーすんごい!!!としか言いようがない。本文を読んで想像を膨らませていただくしかないのですけど。言葉は無力ですね、それを遥かに超えるものの前では。それでも三年前くらいまでは太融寺辺りでちゃりんこに乗ってるママの姿は確認されている。しかし、その後は目撃情報は・・・ない。一体どーされているのだろうか?>>
posted by おれ at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 都市のフォークロア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

横浜国大へGOGOGO!!!!

  IN FAKE日誌(横浜国大へゴーゴーの巻)<<一部書き足しております>>

 久しぶりの、関東の大学祭で何かしらないけれど妙に盛り上がってしまうんでした。ひょっとしたら5年ぶりぐらいだなあ。あの時の法政のオールナイトは凄かった。メンツも凄かったが、時代の空気というか、まだ未整理のままの音がとりあえずギミックなしでトビカッテイタ、とそんな印象があるんでした。未整理のままパワーで押し切ってスタアになってしまった近藤等則。じゃがたら、ブレイクダウンもいたな(いまでは踊るポンポコリン)。AD−IFも当時はトンガッタ クールでハードなJazz/Funkをやっていたんでした。2年後にビル・ラズウェルとのライヴで千里にやってきた近藤氏に---あ、あの時の法政の、、一番かっこよかったよ、あ、あなたVo.だ。----などと言わしめるほどのものだったんでした。ライヴ中に喧嘩があったりして。
 
さて、時は流れ、90年。AD−IFは脱国境音楽。横浜でウケルかな? 
 11/9、12:00、車がぼくん家前に到着。友野が運転してる。隣に松ちゃん(イマをときめくエンジニアのZAK)、後ろに本地(HONZI)、最後列は空いている。とりあえず本地の横に着席。出発してラッパ隊2名と急遽、車移動となったチン・ポクサイことかおるちゃん(ご存知カオリーニョ藤原大先生)を拾いに阪急茨木へ。中環を通って茨木で3人を拾う。名神は茨木−京都南間渋滞。かおるちゃんの意見により京滋バイパスを通る。

 茨木3人組、プロレスの話で盛り上がる。ぼくは、最近、そっち方面は少し醒めているので、つかず離れずのスタンスで話を聞いている。長洲が元気な頃は、ほんとにワクワクしたんだがなあ、等と考えながら。しかし、FMWの大仁田のエロチック/グロテスク路線は多少気になるところだ。気狂いじみたデスマッチの数々や、女子プロレスと小人プロレスも一緒にやっちゃったり、男女混合ミックスダブルスのようなタッグマッチまでやってるみたいで、プロレス自体が、日本の文化の中で決して正統にはなりえないにもかかわらず、それに無理やり求心性を持たせ、更に異端の道を行くという、ダブル倒錯野郎である。こうなったら男女混合だけじゃなくて、男・女・小の家族プロレス!をやってくれ。等など、バカなことを考えていたら、こらこら、全然すすんどらんじゃないの、前に。京滋バイパスはガラ空きだったが、その手前の1号線がえらく混んでて結局時間をセーブできたかは不明のまま、とりあえず名神に突入したんでした、ぼくたち。
 
 あいにくの雨で、しかも車がレンタカーでさすがの友野も運転しづらいみたいだ。未だ破られていない、誰も破ろうとも思わない、東京−−大阪、4時間の大記録を持つインテリ・ア職人兼AD−IFベーシストは、おとうちゃんは某放送局報道部長、おじいちゃんは大作家と絵にかいたような中流家庭のトリックスターを演じ続けながらも車の運転はピカイチなんでした。とりあえずZEPELINをBGMにジミーペイジのギターを しながら順調に東上しているように見えたんでした、ここらまでは。ぼくらが東京まで車で行くときによく立ち寄るうどん・そば屋が某パーキング・エリアにあって、どうして某なんていうの?うどん・そば屋くらい教えるのケチんなよ、とあなたは言うかもしれないが、実はぼくらも記憶が曖昧で、というか、一度止まるはずじゃないP.Aに何となく止まってしまったら、そこはレストランもなくて(工事中)、きたねえうどん・そば屋しかない状況でしょうがなくそこで食べた天ぷらそばが大ヒット、ということなんでした。だしが、イン ビトウィーン関西&関東で一度食べたら忘れられない味、なあんてそんな大袈裟なことはないはずだ、しかし状況の味というか、高速走ってて食う天ぷらそばとしてはベストなものがあったはず。

 議論の末、ここだ、と決断して乗り込んだP.A.が見事にすべったんでした。みんなそれぞれ、かなり迷った末、なにがしかのくいもんを買っているんでした。ぼくも、負けずに、「みたらし」と「かんぼこ」を買い、食ったんでした。満足のいくものではなかった。天ぷらそばが遠のいた時点で、我々の欲望を100%満たすものはもう存在しないわけで、ベルリンの壁が壊れたものの本当に欲しい物は手に届くもうちょい先にある東ドイツ市民と同じく正に資本主義的状況におかれてしまったんでした。腹が立って松ちゃんにそそのかされてさらに購入した「じゃがべーくん」の油で胃をいためてしまったんでした。これが第1回目休憩。

 友野の運転で東へ進む。名古屋を越える。おれたち脱国境音楽者だもん。名古屋ぐらい余裕で越えていく。ここにいない、北林純、シーラ、確実オギノ(アース・ウインド&ファイターズ)、せいいっちゃん(山村誠一・スティール・パンのバンドをやってる)はあす横浜へ。せいいっちゃんは仕事先から。残りの3人(これが問題)が果たして時間どおりに来るのか?なんせ、明朝6:32新幹線である。ここでの問題児はシーラ。オキレルンデショーカ?仮にそこを腫れた顔でクリアしたとしても、新幹線は"新"横浜にしか停車しないという事実。ぼくの心を暗くする。更に、もし万が一、北林純が3人の中でリーダーシップを取ったとしたら。ああ、「さむいぼ、とりはだ、戦慄」である。北林純が迷った末にこっちだと指をさす。半信半疑で2人が後に続く、当然目的地には着かない、それまで抑えていたシーラがしだいにヒステリックになってくる。それでも北林純は自分の間違いを認めない。シーラのイライラ度はピークに達してる。オギノは何かを感じて離れ気味に後をついていく。さすがに北林純も自信がなくなってくる。シーラの方を恐々見ながら、「ちょっと、間違えたみたいやなあ。」と、弱気を口に出した瞬間、ででででた、、シーラ「FUCKYOU!!!」

 あああ、やっちゃった。「FKJ B;AOIE.KJJ、H.KJBKKJBJH;RPOTOI ASS HOLE!! HCVIGRE/L.,MCJKCK;ASLMCVBH$'&)'&+*?####,V FUCK YOU!,MCXVLJKD」北林純には、こんな風に聞こえ、つまり意味はよくわからないんだけど、だから罵倒されてるってことだけがようくわかって、強者には弱いが、弱者には強いこれもプロレス者の血に火を点けた。女にそんなこと言われちゃたまんない。「おれだって北林バンドを仕切ってるんだ。」「若い女と付き合ってるぞ。」「離婚の修羅場をくぐり抜けた男だ。」あまり関係ないことでも自信のつくことなら何でも自分に言い聞かせ気付いた時には、「シーラ、ここまで来ておれと勝負しろ。」オイオイ。北林の張り手、パンチ、キック、全部空振り。シーラ、運動神経いいんだもん。プロレス鑑賞暦20年のプライドは完璧に崩れさり、その後は、、、そう、おわかりですね。キョーキ、狂気の、凶器攻撃!・・・・・・・・・・・・・・・・・ベンチ投げるわ、バス停振り回すわ、魚屋の包丁で刺しまくる!肉屋のミンチ機でつぶす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ほとんど年中着てるクリーム色のジャケットを班に血で染めて、ドラムを叩くときのほら「あの目」で只一人で横浜国大へ。ぼくらが「あれ、シーラは?」と言おうとした瞬間、机のうえに放り出すシーラのつるつるの足「一本」。ホラー映画を地でいく北林純・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ぼくたちのバンは第2回目の休憩へ。浜名湖である。ガソリンを入れる。当たり前のことだ。その当たり前田のクラッカーが、後でえらいことになろうとは・・・・・・・・・・・・

 約4名がチューチュー牛乳を買ってチューチューしている。チューチューでしか飲めない牛乳が売ってあって、牛乳好きの松ちゃんが早速購入、そして、なにをかくそう、ぼくをはじめ3名もそれに続く。しかし、「チューチュー」「チューチュー」の間にも魔の手がAD−IFメイン部隊の行く手に迫りつつあることに誰もまだ気づいてはいなかったのだ。

 浜名湖P.A.を出発。今回はこやさん(バブルガム行って、あとはどーしてんのかなあ)が運転。異変は、そう、突然やってくる。おそい。なんか、遅い。どんどん抜かれてく。こやさんはブイブイふんでるんだが?誰かが呟く。
「この車、ディーゼルちゃうか?」
「車検証、見てみろよ。」「あららあ、」
「それって,まずいんちゃうん?」
「エンジン、焼きついてまうで。」
「どうなんの?」
「廃車。」
「止めろ、止めろ。」

 ディーゼル車にガソリンという、GSのにいちゃんのあってはならないミスの為に我々は、東名高速上で立ち往生。不幸中の幸い、出口に近い。しかも下り。
「みんなで押そう。おれは、記録を撮るから。」
と、いって、VIDEOカメラを手にする。いいじゃん、くだりだもん。そんなに力要らないでしょ。ところが、なんか、車が動かない。なんで??下りのはずが、のぼってました、実は。錯覚!錯覚!まいったなあ。とりあえず、頑張って車を安全なところまでおす。友野と松ちゃんが道路公団にTELしにいく。
「ふたあけたら、軽油って、かいたるやん。」
「あいつ、中卒やで。絶対。」
「だはは。」
「晩メシの中華料理はどうしてくれる。」
「ああ、横浜の中華街が遠のいていくう。」

 車がビュンビュン飛ばしていく。大阪より暮れるのが早いので、5時すぎというのに真っ暗で、ランプがやけにきれいだ。誰も深刻な顔を,実はしていないのが可笑しい。なんかハイなのネ、みんな。確かに、目の前の情景は盛り上がるモノがある。イイよね。高速。
 
 しばらくして、道路公団じゃなくて、スタンドの人がやってきてエンジン洗浄、軽油満タン、高速代タダ、鰻100匹(食えない!これはうそ)と言うことで許してあげた。いかにも、モウカッタというのが、現実でした。この方法は使えるよ。ちなみにGSはそういう失態が道路公団にバレるのが一番ヤなんだって。
 
 トラブルにもめげず、11時に無事に横浜に到着したんでした。横浜ビブレに出演したことのある、旧AD−IFメンバーはしきりに懐かしがってる。しかし、またここで、問題がもちあがった。チン・ポクサイ先生の部屋は予約していない!さて、どうするか?
 
様々な解決方法が議論に上った。(カオリーニョ藤原大先生はとてもショートである)
1.ツインの部屋(むっちゃ、狭いと思われる。)にエクストラ・ベッドを(もしそういうものがあれば)いれてもらう。
2.松ちゃんがパパで本地がママでかおるちゃんを幼児にして、情に訴え無理やり入り込む。
3.こさやんの腰付近からかおるちゃんが生え、シャム双生児として、一人料金で泊まる。
4.カウンターのむこうにいる、フロントのおばさんからは、かおるちゃんは見えっこないので、堂々と泊まる。したがって、こういう議論自体無意味である。
 
 さて、私達はどの方法を取ったでしょうか?とにかく無事に宿泊したんでした。
 その部屋というと、これがなんともいえない、せまきたなくさい部屋であった、というだけにしておきたいんでした。ぼくとしては。あんな布団のがら、すごい久しぶりに見たなあ。
 
 さて、翌朝、9時だよ、全員集合。国大へ出発。国大のスタッフから送られてきた、ファックスの地図を頼りに走り出す。こいつが判りにくい。でも、なんとか目的地に接近する。途中でG.S.のおじさんに確認したところ、
「この道、真っ直ぐ行けば、横浜国大って書いてあるよ。メクラだって見落とさねえ。」と、問題発言。
 
 っちゅうことで、目開きのぼくたち、見落とさず無事到着。案内されて、駐車場へ。隣がパンタ率いる、西部警察、違った、頭脳警察。西部警察のパンタさんですか?って言ったら、シバかれるかなあ。ということで10分程、話題騒然。きっとシバかれると思う。

 控室は「近田春男とビブラストーン」と一緒。ここでも「バイブラストーン」で盛り上がる。アホかな??オレタチ。そうこうしてるうちにバイブじゃなかった、ビブラの人達到着。ぼくたちのCD「エンドルフィン」のエンジニア杉山がいつもはミキサーをしてるんだけど今日は来ない。ベースの沖山氏と軽くお話。アーバンダンスの成田氏と今は亡き「六本木インク」に見に来てくれたこともありました。でも近田さんは初見だったので、挨拶。杉山が以前にCD渡してくれてたこともあって、
「きみたちがそーかー。」
と、大袈裟に驚いてくれる。トミーに、こさやんがぼくを紹介してくれたところ、
「あ。しってる。」
とか、いいだして、アセル。バナナホールで見られてました。3年前に。あれは、確か、前のメンバーが辞めて、2週間位で、ライヴだった。なかなか大変だった。しかし、びっくりしたなあ、もう。トミーはグラスをかけてると異常にかっこいいんだけど、とるとなかなか、目が笑える。わりとシツコイ奴だそうです。
 
 出演が2番目なので思いっきり、リハ迄時間がある。そういえばハラ減ったよなあ。っちゅうわけで学食へ。しかし、はっきり言うと、国大の学食は朝っぱらから、かなりの充実を見せていたんでした、ホントニマッタク。定食屋然としていた、と言えば分かってもらえるかもしれないんでした。はらいっぱい状態でもどってくると、いたいた。オギノにせいいっちゃんにシーラに北林純。シーラはバラバラじゃなく、一体でした。ヨカッタヨカッタ。顔はおもいっきりはれてたんでした、しかし。
 
 最後の方に出るバンドからリハが進行している。シーナ&ロケッツは別人がリハを敢行していたんでした。なんでも、完コピできるバンドがいるんだって。なんということのないロックはそーゆーことできるわけね。ぼくはそんなのヤダね。第一、他人が出来るわけないもんねだ、オレたちの音真似。

 頭脳警察、FOOLSときて、AD−IFの番になったんでした。ステージは横はそうでもないんですが、奥行きが異常にある特設ステージだったんでした。ステージ上でビデオを撮ったりして遊んでしまうオレたちはヒンシュクを買うわけです。ふまじめ。他はエライバンドばっかりだったんでした。

 パンキー・ズーク・ビートを軽くぶちかまして、さっさと終わる。なあんか、やりにくいなあ。後ろまで、遠いんだよな、なんか。フリクシヨンの事務所のヒトがVIDEOをとってくれるって。ありがとうございます。それとは別に本日のライヴはVIDEOとなって、発売されるということです。そういえばやたらめったら、カメラがあるんだな、これが。ステージ上にもブレンビーが4台、いるいる。どーせならぁ綺麗に撮ってよね、あたしたちのこと。

 本番まで、後1時間。この国大の野外音楽堂はすり鉢状になっていてなんか巨大なアリ地獄というか、野ツボ(失敬!)というかそんな感じがします。その野ツボの(ヤメロ!)へりをぼおっとして歩いていたら、ン?見たような顔があったわけです。イワサキだ!京都ミューズのライヴをぶっちして以来行方不明となっていた岩崎が出現したんでした。今は、映画「帝拳」をプロデュースした、荒戸事務所の見習い社員をしているっちゅうことで、お前も頑張れよ、俺たちもがんばります的な話をするしか無かったわけです。とりあえず、ぼくのビデオを撮ってくれるように頼んだんでした。結果を言えば、案の定、やっぱり撮れてなかったんですけど。だいじょぶかね?そんなんで。映画会社でしょ。一応。
 
 さて20分押しで、本番スタート。「近田春男とビブラストーン」のステージです。本番前に結構マジにミーティングしてたのには少しビックリ。FUNK&GOGOでぶっ飛ばしてる。ラッパ隊上手いなあ。しかし、そういうアメリカン・ブラックの音より、ラテン系、ワールド・ミュージック系の音楽の方が高い技術を要するっちゅうことをキミは知っているか?そーなのよ。これは覚えておくべし。
 
 無事、ビブラが終わり、いよいよAD−IFの出番となったんでした。ステージ袖は寒い。早く暴れたいよう。サウンド・チェックが終わってまだかなあ、と思っていたらまだなので、ドラム台に腰掛けてくつろいでいたら、突然「ピィ−−−ッ」とホイッスル。

 松ちゃんからの「はよやらんか」コールでした。そうだったの?しーません。んじゃ、いくぜ!一曲「LUPIN」ラッパ隊、快調。ビブラに負けてへんどー。テーマからカオル・ソロへ。このふわっと浮く感じいいよなあ。しかし、カオルちゃん座ってるから、前で踊ってる奴からは多分見えてない。マジック・ギタリスト。熱くなって、もいっかいテーマへ。最後のキメも気持ちいい。続いてすぐにラッパ隊のブリッジから、GOGOへ。おっ、せいいっちゃん、いい感じ。北林純との不仲説も解消されてボクはうれしい。

 「ツカレテルノニタツッ」連呼のあと、今最も、リキ入ってる「疲労天国」。ラッパ加入でこれは良くなった。ビバ・ラ・メレンゲ!快調!とおもっていたら、ブチッ!ACCIDENT WILL HAPPEN。弦切れちゃったじゃないかあ。ばかあ。「ありにんげん」のソロものこってるのにぃ、もお。無理矢理、気を取り直して次へ進む。

 「スキニーパパ/ロコ」。ぼくは、ギターもう置いちゃってる。すねてないもん、べつに。でもひかなきゃいけないとこあるんだった。咄嗟の判断でヴォーギング・ダンスで誤魔化す。でも後でビデオでみたら、これが変で可笑しかった。皆さんにも一度お見せしたい。サルサ大会がおわって、佳境に入ってきました。
 
 「土曜を逃げろ」中盤のフラメンコ・パターン。燃えたもえた。ラッパ隊も、細かいフレーズ、バッチ、グー(こりゃフルいね)!「あり」へ。あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、あのね、くろびかりしてるつよそうだろだけどほんとうはよわむしなありにんげん。踊ってる奴の数はビブラの時の半分ぐらいか。でも一人ぼくの目線の先にいるいる、いいオンナ発見。ブス10人よりもいいオンナ1人、量より質だ、質!ぼく、あなたのために心を込めてうたいます。泣きたかったら、泣いてもいいんだよ。っちゅうことで「ありにんげん」彼女は終始ニコニコ。おかしいな?5弦のぼくはここぞとばかりにフリーキーなソロ。オレハ自由だ。5弦なので「赤道太郎」を削って「ハッカー1/2」で締める。

 松ちゃんの横でよそのバンドのエンジニアがえらい勢いで踊りまくってる。そう、踊んなきゃ。ぼくもコップの水を蒔く。ビートに合わせて花火が上がり続けてる。歌詞にぴったしハマッテル。国大のスタッフ、ありがとう。始まったときの明るさは闇に犯されて、もうそのかけらすら、なくなっている。真っ暗だ。照明で身体が熱い。花火は更に打ち上げられ続いている。上へ。前へも。局は中盤カオル、生ギターソロから、ルンバへ。脳内物質、ピュンピュン、アドレナリンもガンガン。声なんか、潰れていいと思う。つぶれろ!パンキー・ズーク・マシーンと化したAD−IF10名、強力!!世界はおれたちを中心に回ってる。心臓が止まってしまうまで、このビートの中で暮らしたいよう。頭ン中のモニター・スクリーンは次から次へと画像が切り替わる。赤ん坊の笑い顔、太陽の紅炎、砂漠の兵士、女の唇、シャンゼリゼ通り、バイブレイター、子供の頃に遊んだ草原、競馬放送、自分の耳、パジャマ姿のサダム・フセイン、パンスト履いてる高校生-------------。自分の中で、音楽を越える瞬間だ。この感じをもう一度体験したくて、多分またライヴをやっちゃうだろう。最後のリズム隊だけになるところ。せいいちパーカッション、むっちゃ、シャープ。ラッパ隊へのコールだ。眼が合う。いくよ。
 
 ウノ!ドス!トレス! クワットロ!

  おわり
posted by おれ at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ツアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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